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車内で、救急隊員が加藤の鼻から流れる血をガーゼのようなものでぬぐった。
血を拭き取られた加藤の鼻筋のところには、うっすらと青あざが出来ているようだった。
「鼻、折れちゃってたらどうしよう」
紺野が心配そうに加藤の顔をのぞき込んだ。
巽は何も答えることが出来ずうつむいた。
病院に着くまでの間が、途方もなく長く感じられた。
振動のほとんど無い救急車の中でも、わずかな揺れで傷が痛むらしく、ときおり加藤は顔をしかめてうめき声を上げた。
そのたびに、巽と紺野は不安に駆られながら顔を見合わせた。
後ろの方から衣擦れの音がして、巽は振り返った。
先ほどうつむいて座っていた男が、立ち上がって黒いコートを羽織ると、すっと待合室から出て行った。
巽は、男の背中を何とはなしに見送った。
紺野は先ほど、家から迎えが来て帰って行った。
彼女のケガは、不幸中の幸いというか、左膝小僧の打撲、全治一週間という診断だった。
しかし、迎えに来た紺野の母親は、まるで娘が九死に一生を得た大事故にあったかのように騒ぎ、紺野の肩を抱きかかえるようにして帰って行った。
帰りしな、出口のところで巽の方をちらりと見たが、何も言葉を発することはなかった。
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