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加納と買い物へ行く時はタクシーを使ってワンメーターだ。自分一人の時は、ぶらぶら歩くといい散歩コースになる。なのに、走っても走ってもどこにも辿りかない。
どこへ向かっているのか。どこへ帰るのか。加納の部屋へ。あの足元を温めてくれる部屋へ。帰りたくて、帰れない。帰ってはいけないのかもしれない。
加納は優しいから、出て行けとはきっと言わない。七生が自分から出て行くのを待っているのだ。邪魔をしていると気づくのを待っているのだ。
女性の背中を優しく抱いていた、見たことのない加納の笑顔。冷たい彫像を溶かしたのは自分ではなく、あの華やかで美しい女性。
最初から、自分はいないも同然だった。金で買われた体で、それさえも役に立たなかった、ただの子供。
マンションへ辿りつき、瀟洒なタイル張りの建物を見上げると、その向こうに灰色の冬の空が広がっている。今にも雪が降りそうに寒々とした光景だ。
とぼとぼと部屋へ戻る。玄関を開けた途端に、ふわっとした空気に包まれた。
加納と同じ、暖かさだった。
「おれ、加納さん好きだったなぁ……」
呟いて自嘲するように笑うと、涙が出そうになった。
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