苦い紅茶物語

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 加納の朝は一杯の紅茶から始まる。  茶葉をふんだんに使ったニルギリのブラックティー。冬はニルギリのクオリティシーズンらしい。マイルドでオーソドックスな香りをかきわけて、柑橘系の香りがほのかに匂い立つ。  朝日に横顔を照らされながら、優雅に香りを楽しむ加納は本当に美しかった。紅茶のうんちくを聞きながら、七生は加納に見とれるばかりだったけど、最近になってようやく紅茶の美味しさがわかってきたような気もする。  忙しい加納が唯一穏やかな表情を見せるこの朝のひと時が、七生は好きだ。  加納は一見するととても冷たい。整い過ぎている顔はマネキンのように、血が通っていないかに見える。  象牙色の肌。端正な骨を感じさせる輪郭。すっきりとした細い鼻梁にかかる眼鏡の奥で、涼しげと言うよりは氷を含んだ冷たさのある瞳で、鋭い視線を投げかける。  決して女性っぽくはないが、どこか性別不詳な常識外れの美貌は、綺麗すぎて怖いくらいだ。  そんな加納も朝には弱いらしく、紅茶を一口含んで香りに安堵するほんの一瞬だけ、人間らしい隙を見せる。七生が唯一、ほっとする瞬間だ。
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