序章 ゴミ山の少年

2/7
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
ゴミ山を抜け。 更地を通り。 少年は、都市へ入る。 ビルとビルの隙間を通る。 外れの薄汚れた道。 その裏口。 倉庫のような建物へ。 広い入り口から入る。 ゴミ山の暗がりを歩いてきた目には眩しい。 橙の照明。 コンクリートの床に、担いで来た品を下ろす。 「親爺、いるか?」 少年が呼ぶと。 奥から。 ヒゲの親爺が顔を出した。 鉄と潤滑油の匂い。 手の汚れを前掛けで拭う。 「夜も明けねえうちに、精が出るな。  坊主」 そう言って。 品々を確かめる。 「それは電車の運転席にあった電子基盤」 「わりときれいだな。  欲しがる奴は多そうだ」 いつもの倍の食べ物をくれた。 真空パックに入っている。 どうやら肉団子だ。 「肉だ…」 「鳥だよ。  久々に出回ってる」 「ありがと、親爺」 「今日は大漁だったみてえだからな」 「さっきデンシャを見つけたんだ」 「ほう、デンシャか」 乗り物が形を保ったまま降るのは珍しい。 見たのは今回で3度目くらいだ。 少年は食べ物を荷袋に詰める。 「一両まるまるばらしてきたのか?」 「内側はだいたいね。  今度外側の鉄板もはがしてくるよ」 食べ物を荷袋に詰める。 「坊主、お前いくつになった?」 「知らないよ。  13くらいじゃないの?」 親爺は食べ物とは別に金を手渡した。 紙幣だ。 「とっとけ。電子基板の分だ」 「金なんか、ゴミ山じゃ役に立たないよ」 「だからとっとけって言ってんだ」 少年は、金をくちゃっと握り締めて。 親爺の店を後にした。 帰る途中。 菓子の店に寄った。 「ビスケットとチョコレート、   買えるだけちょうだい」 手にした金を全部出す。 大きなビスケット缶ふたつと。 チョコレート一袋に換えてしまった。 カウンターにいた店番の少女は。 一言も発しないまま。 ただ口元に笑みをたたえて。 紙袋を差し出す。 まるで。 お店屋さんごっこのよう。 食料を抱えて。 都市を後にする。 「ただいま」 ゴミ山の中に戻る。 そのぬくい暗闇に包まれて。 ほっと息をつく。 鉄くずの海にひっそりと。 ゴミの寄せ集めの屋根の下。 弟たちはまだ眠っていた。 4、5歳くらいの小さな子どもが5人。 古いぼろ布を敷いた上。 身を寄せ合っていた。 暗闇の中。 寝顔は青白く。 ほおは汚れて。 数秒。 かすかな寝息に。 耳を澄ました。 その枕元へ。 手に入れた食べ物を降ろし。 豆の入った袋を一つ持つ。 弟たちの寝床を出た。 もうすぐ夜が明ける。 住処のすぐ近く。 小高いゴミ山のてっぺん。 湾曲した鉄板の内側。 ころりと寝転ぶ。 少年の、お気に入りの場所だ。 月の船に乗って、星釣りをする。 本の挿絵のよう。 星空を見上げながら。 小さな豆をかじる。 ゴミの積もった地面より、夜空の方が明るい。 静かだ。 音がほとんど響かない。 静寂が。 つんと響く。 目の前に広がるいくつものゴミ山の向こう。 青い光が見え始めた。 視界の端から端まで。 水平に光が走る。 「おはよう」 その光に、少年は言った。 ゆっくりと。 地平から昇るのは。 巨大な青い惑星。 じわじわと。 少しずつ。 姿を現す。 少年は、それに見入っていた。 恒星に照らされて。 その半分だけが暗闇に浮き上がる。 あの青さは、水の色だという。 その上にかかる白は、雲という。 煙や湯気のようなものらしい。 あんなに真っ白く。 濃く。 空に漂うなんて。 信じられない。 そして。 その隙間から覗く、陸という茶色いもの。 あの上に。 惑星人は住むという。 目を凝らしても、さすがに見えはしない。 少年は、手を伸ばした。 鮮やかに輝く惑星。 それに見入っていた少年の目に。 黒い塊が映り込んだ。 星と少年の間の。 宇宙に浮かぶもの。 じっと見つめ。 観察する。 いくつもあるのが分かる。 ぶつかり合い。 軌道を変えながら。 漂い横切っていく。 恒星の光を受けて。 少年は。 立ち上がった。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!