4章 風が吹く

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その日。 都市にゴミは落ちなかった。 ひとかけらも。 崩れるように塔に戻った掃除屋たちは。 ダストパンの腹から拾った欠片をかき分けて、ゴミと共に圧縮された、1人の掃除屋の亡骸を引き摺り出した。 砕かれた鳥の翼に、その胴を貫かれて。 顔は見えなかった。 ゴーグルとマスクごと潰れてしまっていた。 泣き叫ぶ人。 走って逃げていく人。 その亡骸に縋り付く人。 足りない腕や足を探してうろうろと彷徨う人。 「ハヤオ」 ナツイチが、ハヤオの目を覆う。 「なに?」 指を掴んで剥がす。 「見んな」 「なんで」 それ以上は答えなかった。 ナツイチは空を見張る任務を続けなければならず。 ハヤオは電波塔を降りる機会を失い、ナツイチに肩をさすられるままに一緒に空を見ていた。 そうしながら、ナツイチの方が慰められていたのだろう。 トーマが事態を聞き、駆けつけて来るまで、ゴミを見つけて報告していたのは、ほとんどハヤオだった。 「降りろ」 迎えに来るなりトーマは乱暴にベルトを外し、引っ張るようにしてハヤオを下ろした。 「リーダー」 「ナツイチ、  すぐ交代をよこすから待ってろ」 ナツイチに何も言わせなかった。 怒っていた。 十八時班の指揮をマキに預け。 十二時班の作業を手伝うアキを呼び止めて、何かを言いつける間。 ずっとハヤオの腕を掴んでいた。 エレベーターでは何も言わず。 班の詰所ではなく、寮に戻っていた。 「座れ」 ハヤオの使うベッドにストンと座る。 その向かいにトーマがしゃがむ。 「ハヤオ」 やっと視線を合わせたトーマを、ハヤオはまっすぐに見返した。 その目に、トーマの方が怯んだように見えた。 「ハヤオ、悪かった」 「なんで謝るの」 「こんなことさせたかったわけじゃない」 こんなことってなんだ。 何を言いたいのか。 「…シマさんから聞いた。  お前、ゴミが当たったダストパンを、  拾えって言ったんだろ」 北東、中層。 「うん、言った」 拾わなければ、墜落していた。 都市に落ちて、人が死んでいた。 「掃除屋は、  人を守るためにあるんでしょ」 その言葉に、トーマはさらにショックを受けたようだった。 「…掃除屋だって人だ」 そうだ。 あの掃除屋にも、死んでほしくなかった。 「でも死んだのが見えたんだ。  ゴミの欠片が腹を突き破ってた。  腕の力が抜けて、  首が倒れるのが見えたんだ」 息を吸い込んだら。 喉がヒッと鳴った。 「あの人、  ゴミを、  拾って、  他の鳥を避けて、  翼を返した瞬間だった。  それまできっと、  見えてなかった。  背中側からだった」 そうだ。 死ぬ瞬間を見ていた。 だからだ。 そのあとブルームに撃たれて。 鳥に繋がれたままバラバラにされて。 ダストパンに飲まれて圧縮されるのを見ても。 何とも思わない。 その前に死んでいた。 その前に。 死んでしまった。 涙が頬を伝っていた。 そうだ。 ハヤオはゴミ山に生きてきたのだ。 死は唐突に訪れる。 それに打ちのめされて歩みを止めたら。 次に死ぬのは自分だ。 命を軽んじているわけじゃない。 死者への敬意もある。 掃除屋の死を目撃したことに、動揺もしている。 ただ、生きるために割り切る力が強いのだ。 死んだものはもう、二度と蘇らない。 あの一瞬で。 この良すぎる目で全てを見て。 戸惑いも怒りも。 もしかしたらという希望も。 何を間違ったのかという後悔も。 飲み込んで。 受け入れた。 「こんなことを、させたかったわけじゃない」 トーマはもう一度言った。
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