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その日。
都市にゴミは落ちなかった。
ひとかけらも。
崩れるように塔に戻った掃除屋たちは。
ダストパンの腹から拾った欠片をかき分けて、ゴミと共に圧縮された、1人の掃除屋の亡骸を引き摺り出した。
砕かれた鳥の翼に、その胴を貫かれて。
顔は見えなかった。
ゴーグルとマスクごと潰れてしまっていた。
泣き叫ぶ人。
走って逃げていく人。
その亡骸に縋り付く人。
足りない腕や足を探してうろうろと彷徨う人。
「ハヤオ」
ナツイチが、ハヤオの目を覆う。
「なに?」
指を掴んで剥がす。
「見んな」
「なんで」
それ以上は答えなかった。
ナツイチは空を見張る任務を続けなければならず。
ハヤオは電波塔を降りる機会を失い、ナツイチに肩をさすられるままに一緒に空を見ていた。
そうしながら、ナツイチの方が慰められていたのだろう。
トーマが事態を聞き、駆けつけて来るまで、ゴミを見つけて報告していたのは、ほとんどハヤオだった。
「降りろ」
迎えに来るなりトーマは乱暴にベルトを外し、引っ張るようにしてハヤオを下ろした。
「リーダー」
「ナツイチ、
すぐ交代をよこすから待ってろ」
ナツイチに何も言わせなかった。
怒っていた。
十八時班の指揮をマキに預け。
十二時班の作業を手伝うアキを呼び止めて、何かを言いつける間。
ずっとハヤオの腕を掴んでいた。
エレベーターでは何も言わず。
班の詰所ではなく、寮に戻っていた。
「座れ」
ハヤオの使うベッドにストンと座る。
その向かいにトーマがしゃがむ。
「ハヤオ」
やっと視線を合わせたトーマを、ハヤオはまっすぐに見返した。
その目に、トーマの方が怯んだように見えた。
「ハヤオ、悪かった」
「なんで謝るの」
「こんなことさせたかったわけじゃない」
こんなことってなんだ。
何を言いたいのか。
「…シマさんから聞いた。
お前、ゴミが当たったダストパンを、
拾えって言ったんだろ」
北東、中層。
「うん、言った」
拾わなければ、墜落していた。
都市に落ちて、人が死んでいた。
「掃除屋は、
人を守るためにあるんでしょ」
その言葉に、トーマはさらにショックを受けたようだった。
「…掃除屋だって人だ」
そうだ。
あの掃除屋にも、死んでほしくなかった。
「でも死んだのが見えたんだ。
ゴミの欠片が腹を突き破ってた。
腕の力が抜けて、
首が倒れるのが見えたんだ」
息を吸い込んだら。
喉がヒッと鳴った。
「あの人、
ゴミを、
拾って、
他の鳥を避けて、
翼を返した瞬間だった。
それまできっと、
見えてなかった。
背中側からだった」
そうだ。
死ぬ瞬間を見ていた。
だからだ。
そのあとブルームに撃たれて。
鳥に繋がれたままバラバラにされて。
ダストパンに飲まれて圧縮されるのを見ても。
何とも思わない。
その前に死んでいた。
その前に。
死んでしまった。
涙が頬を伝っていた。
そうだ。
ハヤオはゴミ山に生きてきたのだ。
死は唐突に訪れる。
それに打ちのめされて歩みを止めたら。
次に死ぬのは自分だ。
命を軽んじているわけじゃない。
死者への敬意もある。
掃除屋の死を目撃したことに、動揺もしている。
ただ、生きるために割り切る力が強いのだ。
死んだものはもう、二度と蘇らない。
あの一瞬で。
この良すぎる目で全てを見て。
戸惑いも怒りも。
もしかしたらという希望も。
何を間違ったのかという後悔も。
飲み込んで。
受け入れた。
「こんなことを、させたかったわけじゃない」
トーマはもう一度言った。
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