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序章 ゴミ山の少年
塔がある。
高い塔がある。
高く高く。
夜の暗がりの中に。
ひっそりと。
影のように。
まっすぐに。
立っている。
その塔の足元には。
灯りが灯る。
人の暮らす灯り。
塔を取り囲むように。
ぐるりと巡る。
小さなビル達の集まり。
その四角い窓から漏れる。
ほのかな橙。
塔の裾を照らす。
塔に集う。
塔にすがる。
そんな都市がある。
都市の外には。
何もない。
更地が続く。
真っ平に。
掃き清められて。
灯りに照らされて。
地面が染まる。
灯りの縁がある。
橙の灯りが届くのは。
ここまで。
その外側。
真っ暗が広がる。
黒の世界。
降り積もる。
鉄のゴミの。
山の中に。
いた。
少年はいた。
少年は歩く。
裸足のまま。
歩きまわる。
ガチャガチャと。
鉄くずを踏み。
歩き続ける。
生まれた時から。
歩き続ける。
足の裏の皮膚は硬い。
それでも、足の甲やすねに。
血を。
にじませながら。
歩く。
「あった」
見つけた。
ほころぶ。
少年が見つけたのは。
電車だった。
暗闇の中に、突き出た影。
周囲の影を、なぎ倒し。
地面に突き刺さった。
新しいゴミ。
ついさっき落ちたばかり。
少年が、一番乗り。
「縦かよ」
見上げて呟く。
地面に、ほぼ垂直。
下の方は潰れてしまった。
真ん中からもひしゃげている。
横向きだったらいい住処になるのに。
でもまあ。
「使えるとこあるかな」
中の方なら。
使える部分があるかもしれない。
近づくと、見上げる大きさだ。
腹を見せて、のけぞるよう。
まるで芋虫が、立ったまま死んだよう。
その足は、鉄の車輪。
真っ黒く煤けたその輪に。
手をかけてみたが、びくともしない。
「歪んでる」
周囲をぐるぐる回る。
入れるところを探す。
窓は枠だけ。
ガラスは全部吹っ飛んでいる。
出入り口らしき扉は歪んで動かない。
大きめの窓枠につかまる。
体重をかける。
崩れる様子はない。
片足。
中に突っ込んでみる。
足がかりを見つけて。
頭も突っ込む。
急角度の車内。
黒ずんだ座席や手すり。
つかまりながら進んでいく。
枠だけになった大きな窓。
星明かりがよく入る。
ネコのように目を開く。
光を映して見渡す。
運転席まで来た。
一番上だ。
上の方はわりときれいだ。
試してみた。
ドアはやっぱり開かない。
ドアについた小さな窓から。
するりと中に入る。
「おおお!」
少年は、目を輝かせる。
背負った袋から。
拾い物の工具を取り出し。
せかせかと。
運転席の周辺を分解していく。
取り外したいくつもの部品は大事にしまう。
運転席を出て、客室に戻る。
手すりや座席を外していく。
使えそうな部品は紐でくくる。
窓から外へ投げた。
パイプの束がゆっくり宙を泳ぎ。
落ちた。
小さなゴミが舞った。
外すことのできたボルトを、全部外してきた。
同じ種類の、細々した部品がたくさん。
これはきっと売れる。
車内は外された座席でごちゃごちゃだ。
外に放った部品をまとめる。
腕を回しても届かないくらいの太さの束。
何事もなく、ひょいと肩に担いだ。
少年は再び。
ゴミ山を歩く。
来た道とは別。
空にそびえる、塔の方へ歩く。
塔の周りには都市。
一定の高さにそろえられた。
ビル群の都市。
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