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「ごめん」  俯いた赤レンガだらけの私の視界に、黒いローファーの先っぽが映り込んだ。  約束した時間からは既に一時間が過ぎていた。ゆっくりと顔をあげると私の大好きな彼がいて、寒空の下凍えるほど待たされたというのに、私の顔には笑顔が浮かんだ。 「よかったぁ。事故に遭ったのかと思って心配しちゃった」  鼻頭は寒すぎて殆んど感覚なんて残っていなくて、指先はもう動かなかった。それでも笑顔だけは綺麗に作れたかな。 「……ごめん」 「大丈夫だよ」  大丈夫。へっちゃらだよ。だって今会えただけで、全部無くなっちゃうんだもん。私ってすごく単純だね。でもそれくらい、貴方の事が好きなんだなぁって、実感する。  やっとマフラーを渡せると思ったら気持ちが高ぶった。待っていた時間ずっと抱えていたそれを持ち直して彼の顔を見上げた。 「あのね、これ──」 「あのさ」  突然遮った彼に私は首をかしげた。 「何?」 「別れて」 「……え?」  何を言われたのか理解できなくて、嘘だと疑わなくて、私は思わず聞き返した。 「別れてくれ」 「え……。冗談、だよね」  彼は都合が悪そうに横を向いた。
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