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YAMADAの憂鬱
その奇妙な店は、僕の人生の中に登場するはずがなかった。特別な生き方をする人たちの特別な場所だと思っていたから。
①
教授がお元気な頃が一番よかった。僕はただ黙々と研究を続けているだけでよかった。授業も持っていたし、僕の講義は人気があった。出席しなくても、寝てても単位をくれるアマヤマだから。
学生たちが僕のことをアマヤマとか、アオヤマとか、アホヤマって呼んでることは知っている。
でもそんなことどうでもいいんだ。
とっとと終わらせて、研究室に行きたい。愛しいラットたちに会いたい。
あの学生たちに比べたら、お前たちはなんてかわいいんだ。
今夜もラットを見つめながら、カップラーメンを食べた。
21時、実家に電話をする。毎日のことだ。
『健ちゃん、ご飯食べたの?』
母の一言目はたいがい同じだった。
「食べたよ。そっちは食べた?今日はあの花の行ったの?」
母はちょっと呆れるように言った。
『ブリザーブドフラワーよ。まったく、研究ばっかりじゃなくてそのくらいの常識持たないと、女の子にモテないわよ。』
なんて残酷な一言なんだろう。
彼女は勘違いをし続けている。僕が中学の頃から自分の息子がモテると思っている。
『勉強ができて、優しくて、真面目で、ピアノが弾けて、ハンサムよ。女の子がほっとかないから。へんな女に引っ掛かっちゃだめよ。』
残念ながら、なんにも誰にも引っ掛かることもなく、餌さえ垂らしてもらうことなく、もうすぐ35になります。でもそれでいい。最近は女子学生を見ていても思う。女性って怖いよ。
僕の穏やかな生活が変わったのは、ひとつの研究がとても前向きな展開を始めたこと。
そしてそれと重なるように教授が倒れてしまったこと。いろんなことが助教授という肩書きの僕の肩に。そういうのいらないのに。
『次の店は、教授もお気に入りだったんですよ。変に気を使わなくてもいいしって。』
接待なんて言葉も僕の人生とは無縁だと思っていた。製薬会社の人が困っていると言ったから。教授がお元気なときにいろいろ段取りしていたことだから、僕が行かないと困るって。
こじんまりとした庭に囲まれた離れになっている部屋で、僕は最高級の和食を食べて、産まれて初めて近くで芸者さんを見た。綺麗とは思わなかった。
あの化粧、肌に悪いんじゃないかと思った。皮膚呼吸の率は一般の化粧品と違わないのかな。
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