28人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
オレンジジュースを持ってきたのは葵という人ではなかった。もっとオカマっぽい、どこから見ても100%オカマだった。
『こんばんは。カバです。いらっしゃっいませ。オレンジジュースで良かったのかしら。』
野太い声だけど、ちょっといい響きだった。
パヴァロッティの声に似ている。
特に好きなわけではないが。
『澤田先生のご体調はいかがですか?』
教授を知っているのか?
「先生をご存知なんですか?」
『もちろん!とてもお世話になっていますよ。ここにもよくお越しいただきました。たくさんためになるお話を聞かせてくださいました。葵は先生のお気に入りだったんですよ。』
この人の声はちゃんと聞ける。ああ、話し方が静かなんだ。周りから聞こえるほどけたたましくない。
「いい声ですね。」
どうしてそんなことを言ってしまったんだろう。
『あら、ありがとうございます。もうすぐショータイムです。聴いて行ってくださいね。私も少し歌います。』
この声の歌なら聴いてみようかと思った。
でも電話をしないと、母に。そう思って立ち上がろうとした時に、赤いライトが落ちた。
思わず耳を押さえた大音響の中で、ショーが始まった。さっきの葵って人が下着姿で出てきた。うるさすぎて耳を本当に押さえた。助けてくれ!帰らせてくれ!せめて電話を。
俯いて耳を押さえ続けた。店中が何かわからないことを叫んだあと、上半身裸のオカマのラインダンス。
何が楽しいんだ?本当に教授はここに来ていたのか?あの真面目で静かな教授が。研究室でクラシックしか聴かなかった教授が。
やっと終わった。電話をかけに外に行かせてくれ。そしてそのまま帰らせてくれ。
最初のコメントを投稿しよう!