YAMADAの憂鬱

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オレンジジュースを持ってきたのは葵という人ではなかった。もっとオカマっぽい、どこから見ても100%オカマだった。 『こんばんは。カバです。いらっしゃっいませ。オレンジジュースで良かったのかしら。』 野太い声だけど、ちょっといい響きだった。 パヴァロッティの声に似ている。 特に好きなわけではないが。 『澤田先生のご体調はいかがですか?』 教授を知っているのか? 「先生をご存知なんですか?」 『もちろん!とてもお世話になっていますよ。ここにもよくお越しいただきました。たくさんためになるお話を聞かせてくださいました。葵は先生のお気に入りだったんですよ。』 この人の声はちゃんと聞ける。ああ、話し方が静かなんだ。周りから聞こえるほどけたたましくない。 「いい声ですね。」 どうしてそんなことを言ってしまったんだろう。 『あら、ありがとうございます。もうすぐショータイムです。聴いて行ってくださいね。私も少し歌います。』 この声の歌なら聴いてみようかと思った。 でも電話をしないと、母に。そう思って立ち上がろうとした時に、赤いライトが落ちた。 思わず耳を押さえた大音響の中で、ショーが始まった。さっきの葵って人が下着姿で出てきた。うるさすぎて耳を本当に押さえた。助けてくれ!帰らせてくれ!せめて電話を。 俯いて耳を押さえ続けた。店中が何かわからないことを叫んだあと、上半身裸のオカマのラインダンス。 何が楽しいんだ?本当に教授はここに来ていたのか?あの真面目で静かな教授が。研究室でクラシックしか聴かなかった教授が。 やっと終わった。電話をかけに外に行かせてくれ。そしてそのまま帰らせてくれ。
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