冥途食堂で末期のめしを

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「おれは冥途の十王のひとり泰山王(たいざんおう)さ。生まれ変わりの条件を決める冥途の裁判官で、まぁ、閻魔王の同僚だよ」 「冥途の十王……その裁判官がなぜ食堂で末期のめしを出すのですか?」 「おれは生まれ変わりを決める他に、亡者の生前の記憶を奪う役目もあるのさ。 だがね、何千年も同じ仕事をしていると、いささか飽きがきてね。それで趣味の食堂をはじめたわけさ」 「珍しい極上の美味を注文したら、生前の記憶を残したまま生まれ変われるのですね?」 「なぁ、面白い趣向だろ。ぜひとも冥途の泰山王を驚かせる注文をしてくれよ」  店主が調理白衣の腰に巻いた麻の前掛けを叩いた。 「生前の記憶ですか……」  僕は横に座る3人を窺った。  皆一様に困惑している。店主の言葉をはかりかねているのだ。  肝心の店主は占いの雑誌を見ながら、「仕事運は良好で、恋愛運は下降気味か」とぼやいている。  それでも口火を切るように老人が声をあげた。 「わしの生前は美食三昧の日々だったが、餅を喉に詰まらせて死んだ。お前の言うことが本当なら、金はいくらでも出すぞ」 「お客さん、今は魂だけの存在ですよ。おれは末期のめしを食わせる代わりに、報酬として生前の記憶を頂くだけさ。 それがおれの眼鏡にかなう奇抜な注文なら、記憶を残してタダめしにありつけるという寸法ですよ」  店主がからかうような口調で言った。 「よし決めたぞ。わしは生前の記憶なんてどうでもいいが、お袋のつくったおにぎりが食べたい。どうだ、できるか?」 「できるよ。待ってな」  やおら店主が立ち上がり、厨房にある釜から白米を出して握りはじめる。
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