冥途食堂で末期のめしを

6/7
前へ
/7ページ
次へ
「……迷っています。僕には生前の記憶がありません。どうして死んだのか、どうやって冥途に来たのか憶えていないのです」 「あるよね、そーいうの。安心しな。お客さんの知識はおれが与えたものだから」  ゆっくり注文を考えればいい、と店主が促した。 (極上の美味……この上ないものかな)  つらつらと考えていると、はたと頭に浮かんだ。 「僕は料理というものを知りませんが、それでも注文したいものがあります。それはーー」  注文を口にすると、店主が声をはずませる。 「しばしお待ちを!」  店主が応じた瞬間──僕の視界が暗転した。  再び目にしたのは薄暗い食堂ではなく、とても明るい部屋であった。  僕の視力はまだぼやけて、そこが病院だと気づくまで時間が必要だった。  思うように首が回らず、もがこうにも手足が自由に動かせない。 (ここは……どこだろう?)  誰かに聞こうと口を開いた。  すると口内いっぱいに、しょっぱい味が広がった。 「わたしの赤ちゃん、はじめまして」  見知らぬ女性がそこにいた。  僕の口内を満たしたのは、この女性が流した嬉し涙であった。 (嗚呼、僕はこうして祝福され生まれてきたかったんだ)  生前の記憶が甦る。僕は生まれることなく流れた胎児だったのだ。  母親の無上の愛を味わいたかったんだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加