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「ほら、わんちゃんが戻ってくる前に逃げな」
無理矢理真鵬の腕を掴んで立ち上がらせ、行け、と言わんばかりに軽く肩を押す。
「あの、あなたは……」
「俺のことなんてどうでもいいの。それより自分の命でしょ」
早く逃げるんだよ、と念を押した男は背を向けると「さて、わんちゃん探さないと」などとつぶやいて墓地の奥地に去っていった。
ひとまず命拾いした真鵬は再び墓地の門に向かうことにした。暗くてよく見えないが、恐らく真っ直ぐ行けば着くだろう。
なにが起きたのか整理がつかないまま勘を頼りにひたすら歩く。どうにもふらふらして走ることは難しかった。
他のみんなは無事だろうか。昭隆、雄二、新市、そして俊太。ただただ四人が無事でいることを祈るだけだった。
しばらく歩くと暗闇の中に門らしきシルエットが見えた。随分長く歩いたように感じたが、おそらく時計の上では十分ぐらいしか経っていないのだろう。
あそこまで行けばなんとかなる。
早くこの墓地から出たい一心で歩みを早めたが、近づいていくうちになにかがおかしいことに気が付いた。門の前でなにか黒い影が動いている。スピードを緩めてゆっくり近づいてみたが、その正体にぴんと来ると真鵬は一目散に門とは反対方向に走った。赤い男の攻撃をかわした犬が門の前にいたのだ。
──なんであそこにいるんだ!?
息も絶え絶えになりながらなんとか脚を前に出して走るが、今度は急ブレーキをかけるはめになった。犬は走る真鵬の居場所を感じ取り──もっとも、真鵬はすぐに居場所がわかるぐらい音を立てて走っていたのだが──、真鵬の前に立ちはだかって先回りしていた。血のような深紅色の瞳をぎらつかせながら体を覆っている短い黒い毛は逆立ち、鼻の上に皺を寄せて純白の鋭い牙をむき出しにしている。無防備な十六歳の少年は完全に獲物として猛犬にロックオンされた、逃げ道を失ったか弱い子羊だった。
今度こそ逃げられない、と真鵬は直感的に思った。
あの門にたどり着くためにほぼすべての力を使ったといっても過言ではない。もううろたえる気力と体力すらなかった。頭を働かせて活路を見出す、という選択肢さえもなかった。あるのは諦めと絶望、そして後悔。
──もうどうにでもなっちゃえばいい。ここで死ぬのも運命なのかもしれない。
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