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本気でそう思った。もしこれが運命なのであれば、それを受け入れるまでだ。忍び寄ってくる『死』に、むしろ悟りを開くような気分だった。それでもやはり冷や汗がつーっと背中をつたった。体のほうは素直だ。恐怖に対して従順に手が震えている。
その時、犬が一直線に真鵬の首元目がけて飛びかかった。口をぐわっと大きく開き、両の牙を真鵬に向ける。
あれだけ頭の中では死んでも構わないと思っていたにも関わらず、反射的に両腕を自分の首元で交差させて防御の構えをとった。噛みつかれる──そう思ったのもつかの間、なにかどろりとしたものが体の中に入ってきて動き回るのを感じた。
──なん……?
考える余地もなく途端に強烈な吐き気に襲われた真鵬は腹を押さえ、うめきながらその場にしゃがみこんだ。
今までにない感覚だった。
大きなスライムのような、どろどろとしたやわらかいものが胃や肺のあたりを這いずり回り、内臓や骨のあちこちにぶつかっている……と形容するのが一番近い。
吐き気はするが、実際には吐き出すものがないためにどうにもできない、あのなんともいえないむかむかとした気持ち悪さが体を満たしていく。
「くそっ、遅かったか!」
どこからともなく現れた先ほどの赤い男が仮面を取りながら荒々しく声をあげ、真鵬の両肩をつかんだ。
「おい、しっかりしろ!腹が痛いのか?」
真鵬は弱々しく頭を横に振った。
「……けが」
「え?」
「吐き気が……」
「吐き気……。ヒロナ、どうだ?」
「このあたりにはいないようです。やはりヘルハウンドは彼の体内にいるものかと」
「ちくしょう……」
男がヒロナと呼んだ女も暗闇からどこからともなく現れ、これまた禍々しい仮面をつけていた。どうやら白鳥を模したものに見える。
「エン様、おわかりでしょうが無理矢理引きずり出すとなると命を落としかねません」
「だよな……」
二人が話している間にも真鵬の体内では『得体のしれないなにか』が動き回っていた。それは段々と頭のほうにもまわり、視界がぐらつく。
──ニクイ。
心にどす黒い気持ちが渦巻く。しかしそれは真鵬自身の気持ちではなく、『得体のしれないなにか』によるものだった。
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