2人が本棚に入れています
本棚に追加
エンの側には見知らぬ女が立っていた。しかしその背格好からして同じく気味の悪い白鳥の面を付けていたヒロナだろう、と予想した。仮面を外したヒロナは前髪を右に流したワンレンボブで、どこか厳しそうな雰囲気を漂わせていた。
真鵬はここでようやく、今自分はどこかの建物内にいることに気がついた。しかし記憶は墓地にいる時で途切れている。最後に思い出せるのは恐ろしい吐き気と黒い感情に包まれていく感覚だった。そのあとのことはよく覚えていない。もちろん、どうやってここに来たのかも記憶にない。
真鵬はソファーに座っていた。ということは数分前までここで寝ていたことになる。ソファーの前にはローテーブルがあり、距離が少しあるものの左隣にある二つの椅子の片方にエンが座っている。そしてエンの向かいにはローテーブルを挟んで誰も座っていない椅子が二つ並んでいた。真鵬がいるソファーからだと、テーブルを挟んで向かいにあるのは装飾が立派なマントルピースだ。その中では静かに薪が音を立てていた。
──ということは俺はどこかの家のリビングにいるに違いない。
かなり豪華なつくりになっているリビングを見渡してどこかの屋敷にいるんだろうな、となぜかやたら冷静にそんなことを思っていると、目の前に水色がかった魔法陣が現れた。真鵬の周りをゆっくりと回転しながら浮遊している。合わせて四個の同じ形をした魔法陣が均等な間隔を開けて浮遊していた。
「これは……?」
「それはヒロナの術。君を落ち着かせるためのね。いや、正確にいうと君の中にはいっている奴、か。暴れるのを防ぐために」
エンは椅子から立ち上がると真鵬に水を差しだした。喉がカラカラだったので軽く会釈をして受け取り、一口含む。乾燥してパサパサしていた口内に潤いが戻ってきた。
「疲れたでしょ。お疲れさん」
「いえ……。ありがとうございます」
「吐き気すごかったみたいだけど、体調どう?」
「今は大丈夫です」
「じゃあ──」
バチンという音とともに右頬に痛みが走った。一瞬なにが起きたのかよくわからずにきょとんとして上を向くと、エンが鬼の形相をして腕を組んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!