第一章 深紅、漆黒、純白

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 聞き慣れない単語に首を傾げていると、男は「君、動けるなら逃げたほうがいい。これは俺が片付けるから」と言った。 「あ、はい……」  地面に手を付いてどうにか立ち上がるも少しふらつく。転んだ時に膝を擦りむいたらしく、ヒリヒリと痛んだ。ジーンズの膝部分が破れているかもしれない。  男の助言通りその場を去ろうと数歩歩いたところで、ゴオッという凄まじい音とともに熱気が真鵬の肌を包んだ。その正体が気になってつい振り返ったが、真鵬は再びその場から動けなくなってしまった。  赤い男は掌から自由自在に炎を作り出し、操っていた。その炎の一部が腕に巻きつくようになっているらしく、男の元から一時も炎が離れることはなかった。まるで猿のような身軽な身のこなしに、真鵬はただ呆然とその戦いぶりを見ていた。  火の玉のようなものをいくつも矢継ぎ早に繰り出すもハウンド犬も動きが素早く、中々当たらない。少し距離を取ったかと思えば今度は火炎放射器のように炎を動かす。これにはハウンド犬もびっくりしたのか、一旦遠いところに逃げたようだった。しかし真鵬がその場で動けなくなった理由はその華麗な身のこなしではない。  男はそれまで見たことがないぐらいにおどろおどろしい猿の面を付けていたのだ。  炎で照らされたそれは白目を向き、たくさんの皺が刻まれ、ニヤリと口角を上げている。その猿の面は見るに堪えないぐらいおぞましいものだった。正直、男がヘルハウンドと呼んだ犬よりも怖い。 「う、あ……」  あまりの気持ち悪さにぺたんと座り込んでしまった真鵬に気付いた男はすぐに駆け寄ってきた。 「やっぱりそんな簡単には動けないか。手貸すから立ってみろ」  手を差し伸べてくる男の面がニュッと近づいた。真鵬の口からは意に反して言葉にならない声が漏れる。 「なにそんなにビビってんだよ。俺は別にあの犬みたいに取って食おうなんて気、ないぞ」  それでも怯える真鵬に「あ、もしかしてこれ?」と自分の面を指差した。 「そうか、これか。確かになんも知らないと怖いか」  納得がいった男は左手で面を外した。そして外した面を陣羽織の胸元に挟むと、「これで大丈夫だろ」と笑った。  男の素顔は至って普通だった。むしろ少し丸みを帯びたその目は人懐っこさを感じる。
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