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§
一番最後に美味しいものを食べて「美味い」と言って締めくくる。
それが極上の食事となるのですよ。
今もカツ丼を食べながらご飯とカツの配分を頭の中で計算しながら箸を進める。
ご飯、ご飯。次にカツを一切れ。
ここでお口直しの味噌汁をすする。
「ふぅ」
いいペースで食事が進む。
定めた道筋を走っていくと目の前にゴールが見えてきた。
さぁ、ラストスパートだ!
ご飯、ご飯、味噌汁、カツ、ご飯、カツカツご飯ご飯、味噌汁ごちそうさん!
そして遂に、来た。
カツ。最後の一切れがお椀の真ん中に鎮座する。
俺は一拍間を開けようとお冷に手をつけ、喉を潤した。
「ふぅぅ」
ほんの一息。
その休息も束の間、
「何? お腹いっぱいなの? いらないならそれちょーだい」
「あぁっ!」
不意に、正面から箸が伸びてお椀のカツをヒョイ、と摘んで彼女の口の中にバイバイした。
バイバイした、
「か、カツゥゥゥゥゥぅぅぅぅぅ!」
「むしゃむしゃ。んー、美味しぃ~」
モニョモニョと頬を動かしながらとろける様な表情を見せる彼女に可愛いなんて微塵も思わなかった。むしろその顔どついてやろうかと思った。
「お前、何人のご飯奪ってんだよ!」
「何よ。あんたが食べないからでしょ?」
「ちげぇぇぇよ! 最後のシメにとってたんだよ! 俺の最後の楽しみをとんなよ!」
「知らないわよ。美味しいものを最後にとってるからそんな事になんのよ」
「酷い言い草! お前が悪いんだろうが!」
「うっさいわねぇ。一口くらいでギャーギャー言わないでくれる? 小さいわね」
「食いたきゃ自分で頼めよ!」
「一口で充分なのよ」
「じゃあ最初からカツ丼頼めや!」
「その時はそんな気分じゃなかったの」
「あー、ムカつくわぁ。本当ムカつく。お前が食ったのはこの料理の核なんだよ。その最後の一口に全ての旨味が凝縮されてんの。その一番美味しいとこを食べた罪は大きいんだぞ!」
「はいはい、ごめんごめん」
気持ちこもってねぇぇぇぇぇ。
極上の美味を食した挙句、大してありがたみも感じてない。
これは俺とカツ丼に対する冒涜だ。
皆さんは決して彼女のようにはならないでください。
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