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その奇妙な店は、都会の路地裏で今日もひっそりと営業している。
店の前に置かれた小さな看板には汚い字でこう書かれている……【命の買い取り販売承ります】と。
生命屋――――。
ある夜、男がおぼつかない足取りで繁華街を歩いていた。焦点は定まっていない様子だ。
男の名は袴田悠介。袴田は酔いのせいでふらついていたのではなかった。
昨年結婚したばかりの妻の余命が三ヶ月という宣告を受けた。そのショックのあまり放心していたのだ。
ちなみに袴田の妻はまだこのことを知らない。
長く続く体調不良で検査入院した結果がそれだった。
「ああ……何で美香が……」
そう力無く呟きながら、意図せず人気のない路地へ迷い込んでいく。
「ん……?」
そこで袴田の目にある看板が映った。それは――生命屋の看板だった。
謳い文句に目が釘付けになり、吸い込まれるように店へと足を進めた。
普段なら絶対に近づくことは無いだろう怪しげな店。古びた建物で、特に目立つ装飾はなく、人気も感じられない。
ここが店であると示しているのはこの看板のみである。
「命の販売……」
袴田は躊躇いながらもドアノブに手を掛け、少し錆びた扉を引き開けた。
ドアベルがカランカランと音を立てる。その音は袴田が妻とよく行く喫茶店を想像させた。
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