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「いらっしゃいまっせ」
袴田を迎えたのは、口元にちょび髭を生やした初老の男。タキシードを着飾りダンディズムを醸し出している。
店内には部屋を仕切るカウンターと奥の部屋に続く扉以外何もなかった。
「こ、こんにちは……。命の販売って看板を見たんですけど……」
命の売買など俄に信じ難いが、もしかしたら……と、藁にもすがる思いが袴田を突き動かす。
袴田は恐る恐る店員と思われる男に話し掛けた。すると男は待ってましたと言わんばかりに、にっこりと微笑んだ。
「ありがとうございまっす! ご要望は命の購入ですね。それでは早速説明させていただきまっす。よーく聞いてくださいね。ここで取り扱っているのは人間の寿命です……」
まだ購入要望とは伝えていないにも関わらず特徴的なイントネーションで軽快に話し出す男。販売価格の記載されたプレートを出し説明を続ける。
販売価格は寿命一年につき一千万円。値引き交渉は不可で、まとめ買いなどによる割引サービスも一切していないとのこと。
なお、買い取り価格は寿命一年につき十万円。
販売価格は買い取り価格の百倍、さらに返品も不可だというから怪しさ満点である。
しかし袴田の心は、そんな胡散臭さよりも妻を助けられるかもしれないという希望が勝っていた。
「寿命一年につき一千万円……」
普通のサラリーマンである袴田には高すぎる値段であった。住宅取得資金としてコツコツ溜めた貯金も三百万円しかない。
袴田が頭を抱えていると男が腕を組みながら顔を覗き込み、首を傾げた。
「さて何年がご希望で……とその前に、お客さまっ、何か悩み事でもお有りですか? 顔色が良くありまっせんねぇ。私で良ければ話をお聞きしまっしょう」
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