第一章

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 「あいつ、またメロンパン食ってる」  聞こえないようにというより、わざと聞こえるように言っているのだ。  コミュ障でも人のこころは読める。人のこころは読めるが、人の期待する言葉や行動をとることができない。人の期待する言葉や行動をすることをあきらめると、気が楽になった。しかも、これっていわゆる〈自分らしく〉生きてるってことじゃん!  絶対に間違いなのに、これでいいんだと自分に言い聞かせて、今まで生きてきた。  二年生になった。クラス替えもあった。担任もかわった。いろいろ変わったが、自分が変わらないことで、おれは満足していた。というより、変わることは死ぬことと大差なかった。おれに今とは違う生き方ができるとはとても思えなかったからだ。  昼休みが終わって、いつもの気の抜けたチャイムが鳴っている。五時間目はLHR。四月のLHRは苦手、というより嫌いだ。委員会決めとかがあるから。各委員たいてい二人ずつだが、おれが希望すると、その委員会は最後までもう一人が決まらない。それだけで胃に穴が空きそうになるのに、ひどいときには夜に担任からフォローの電話がかかってきたりする。  「あまり気にするなよ」  あのなー、そう思うなら思い出させるなよ。〈担任が嫌いだから死にます〉と遺書に書いて死んでやろうか?  そんなことが小学校のころから何度もあって、おれは最後に残った役をやることが学期初めの習慣になっていた。  放送委員とか整備委員とか地味でめんどくさそうなやつ。まあ、いいけど。  「新年度が始まったばかりで、やることがたくさんあるので、今日だけ特別に二時間続きのロングホームルームです」  担任の竹之下の声のテンションがいつもより高い感じがする。新年度で緊張するのは生徒ばかりじゃないらしい。  「まず五時間目は自己紹介、六時間目はクラスの役員決めです」  二時間連続で地獄が続くという宣告を、竹之下はさらりとした。こいつは高校教師より死刑執行人の方が絶対向いてるだろうと思ったが、そんな職業が本当にあるかどうかは知らない。  毎年思うが、自己紹介って何を言えばいい?  好きなものはメロンパンで、短所は歩いててときどき電柱にぶつかることです。これくらいしか言うことない。おもしろいやつがこれ言うとウケるが、おれが言うと試験中みたいに静まりかえる。世界にこんな静かなところがほかにあるのかってくらいに。
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