第四章

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 出入口がどうなってるのか、ここからは角度的に分からない。  「見てくる」  と言って駆け出したが、優もついてきた。出入口の手前までくると、建物の陰から彼女は自分から姿を現した。朝の図書委員だった。  「…………?」  「すいません、音を立ててしまって。先輩たちが仲良くするのを邪魔する気はないので、あたしのことは気にしないで続けてください」  気にするなと言われてもそれは無理だ。そんなに神経図太くない。  「知り合い?」  優が聞いてきた。  「君のことを女王様だと言ってた女子たちに絡まれてた子で――」  キスされたことは省いて朝あった出来事を説明した。  「いじめられてるのを助けてあげたんだ。強志君、かっこいいね」  キスした負い目があるから、褒められて胸が痛んだ。  「どうかした?」  「ど、どうもしないよ」  優は不思議そうな顔をしていたが、図書委員の方に向き直り、  「ここに来たのはその子たちに会いたくないから?」  「はい」  「困ってたらいつでもいらっしゃい。力になれると思うから」  「ありがとうございます」  まずいな。優にはこの子とあまり仲良くなってほしくなかったんだけど。何かの拍子にこの子とおれがキスしたことを知っちゃうかもしれないし。かといって、この子に来ないでとも言いづらい。キスしたのにと言って泣かれでもしたら、おれはまた以前みたいに一人ぼっちだ。  優は、仕方ないよな。小一から高一まで十年間クラス委員を任されてきただけあって、こういう子を見たらほっとけないだろうし……。  「あたし、2年5組の川島田優。あなたは?」  「1年5組の佐野さいこです」  「さいこってどんな漢字?」  「彩りの湖と書いて彩湖です」  「いい名前ね」  優がそう言ったところで授業五分前の予鈴が鳴った。  「行こう」  おれは優の手を引いて駆け出した。  「またね、彩湖ちゃん」  「はい!」  彩湖の返事は今日聞いた中で一番幸せそうで明るい声だった。
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