第四章

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 何が〈名前のとおりに優しい君〉だよ。自分が口にした言葉に自分で呆れていた。  おれは勉強ができなくて運動神経もなくて友達もいないダメ人間だが、人に媚びたりおべっかを使わないことをモットーに生きてきたのに。  四月にあった新クラスでの自己紹介でも、ダメ人間である自分に誇りを持っていると宣言して、優はそんなおれを好きになってくれた。ダメ人間が心まで卑屈になったら、人間でさえない。ただの負け犬だ。  まあ、言われた優はうれしかったようで、あのあとずっとご機嫌だった。実際、馬鹿なおれが理解するまで辛抱強く勉強を教えてくれたし、〈優しい〉というのも嘘ではない。嘘ではないが、おべっかなのには間違いない。  で、なんで優にそんなおべっかを使わなければならなかったかといえば、事故とはいえ佐野彩湖とキスしてしまった負い目があるからだ。あったものをなかったものに変えることなんて今さらできないとしたら、優とつきあっている限りずっと負い目を持っていなければいけないということか?  考えることにうんざりして顔を上げると、当の彩湖と目が合った。  「…………!?」  「真剣に考えごとしてるみたいだったので、話しかけるの控えてました」  他人事みたいに言ってくれるが、主に君のことで悩んでたんだけどね。言わないけど。  放課後の図書室。この時間の図書委員の当番は彩湖ではないらしく、カウンターの向こうには男子生徒が座っていた。それで、彩湖は来ないと勝手に決めつけていたら、いつのまにか隣に座っていたというわけだ。今図書室にいるのはその三人だけ。それにしても、一応それなりの進学校のはずなのに、図書室で一日中閑古鳥が鳴いているというのはどうなのだろうね?  「またあいつらから逃げてきたの?」  「逃げてませんよ。追いかけてるんです」  「…………?」  「あたし先輩が好きだから」  気づけば、キスしたときと同じくらい近くに、彩湖の顔があった。彩湖なりに勇気を出して告白したのだろう。ふだんまっ白な頬が赤く染まり、肩のあたりがかすかに震えているのが見て分かる。どうしよう、なんて答えていいか分からない!
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