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冷房の効いた図書室とは異世界とはいえ、屋上は思ったほど暑くなくてほっとした。まあ、この炎天下の中を優や深雪は走ってるわけだから、文句を言ったらバチが当たりそうだ。
「風がちょっとあってよかったですね」
「そうだな」
と言い合って、それきり会話はとぎれた。隣り合って座りながら、おれと彩湖はひたすら弁当を食べ続けた。
「だから、あんまり警戒しないでください。別に取って食ったりしませんから」
警戒してるんじゃなくて、単に話題がないだけだ。
「あたし、先輩のことが好きだけど、そんなにがっついてはいませんから」
彩湖は口を尖らせて言った。
「あたしだって誰かを好きになるの初めてってわけでもないし」
「そうなんだ」
「意外でした?」
「ちょっとね」
「中学のとき、地味だけど優しい先生が赴任してきて、優しいといっても誰にでも優しいだけだったんだけど、あたし勘違いして好きになっちゃって」
「よくある話だな」
「先生、先生ってあたしが勝手にまとわりついてただけだったのに、その先生、3月でもないのにすぐに転勤になっていなくなっちゃって」
「それはあまりない話だな……」
「あとで知ったんですけど、その先生のことを想ってた子がほかにもいて。図書室であたしにからんできたあの四人の中の一人だったんですけど。それからですね。あたしに対していじめみたいなのが始まったのは」
「その後、その先生とは?」
「連絡つかなくなりました」
さっきひたすら弁当を食べてたときと、また違った意味での沈黙が二人を支配した。食欲もどこかに吹き飛んでしまって、食べかけだったが弁当箱のふたを閉じた。
「おまえ、普通に話してるけど、今めちゃくちゃつらいんじゃないの?」
「別に」
彩湖がおれから目をそらした。
「勉強しないと……」
急に立ち上がり、駆け出そうとした彩湖の手首を思わず捕まえてしまった。
「放してください」
そのときなぜか手を放すことができなかった。
「泣くとこ見られたくないから放して!」
手を放すのが正しいと分かっていた。でも、迷子の子供みたいに震える手を放すことができなかった。
彩湖は観念したようにおれの隣に座り、顔をおれの胸に押しつけて泣いた。スローで再生させたビデオを見ているような、そんな気分だった。
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