第四章

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 明日の天気も知らないで動物園に決めてしまったが、さいわい朝から快晴だった。おれたちは電車を乗り継いで動物園を目指した。水色のシャツを着てきた彩湖は楽しそうによく笑った。  「彩湖って笑うと、ニタッて感じになるけど、ニコッていう感じの方が――」  彩湖が笑うのをやめて、おれを見つめている。  「おれは好きだな」  「タじゃなくてコですね。タコって覚えておきます」  彩湖ははじめてニコッと笑った。  おれたちはライオンのおりの前にいた。オスとメスが並んでこっちを見ている。妙な既視感を感じるのはなぜだろう?  「先輩と川島田先輩を見てるようで微笑ましいですね」  「おれと彩湖なら?」  「シマウマかな。おりの外の」  分かってるんだ。おれは優に守られている。さっきのライオンのメスの方がおれなのだ。  学校内カースト最上位の優とつきあってるから、誰もおれにちょっかい出さないし、仲間はずれにされることもない。優と別れれば、途端におれはライオンからシマウマに格下げされて、学校内カースト最底辺の生活に逆戻りだ。彩湖より悲惨な立場になっても全然おかしくない。  おれは彩湖の手を引いて、人通りの少ない小道を進んだ。  「おれ、彩湖とつきあいたい」  「それも同情から?」  彩湖を抱き寄せた。  「好きだから」  「うれしい」  彩湖もおれの背中に回した腕に力を込めてきた。  「川島田には明日話す」  「川島田先輩に話すとき、あたしを悪者にしていいですから」  「そんなことはしない。いいんだ。川島田とつきあう前のぼっちに戻るだけだ。それに……」  彩湖をさらに強く抱きしめる。  「おまえがいるから一人じゃない」  このあと二人でシマウマを見に行った。当たり前だけど、おりの中のシマウマたちは平和だった。そして、サバンナでライオンの群れに追われる傷だらけの二頭のシマウマの姿を想像して、二人ともずっと無言だった。
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