プロローグ

3/3
前へ
/10ページ
次へ
           「貴様に失望させられたのは、此で何回目だろうか‥‥」      鎧の男は幅広剣を片手に、その切っ先を地に這わせながら、瓦礫の散乱した壁面へとにじり寄る。地にめり込む切っ先からは白煙が立ち上り、鉛の臭いが広間の空気を酷く濁す。重厚な音を響かせながら、一歩、また一歩と歩を進める。やがて、青い光が男の瞼甲に差し込み、その奥にある深い皺の刻まれた初老の男の瞳が露になった。     「アカシックレコードの器よ。貴様は器であり、其所に注がれた美酒にはなれん」    言い終わるや否や、幅広剣の刃が瓦礫の山に振り下ろされ、凄まじい風圧に乗り粉砕された礫が四方に拡散する。その衝撃たるや、辛うじて壁としての形を成していた一面を、その剣圧だけで容易く崩壊させてしまった。   ーーこれで8回目だよ、糞野郎!    突如背後から響く青年の声、そして鎧の隙間から縫うようにして入ってきた剣先が、鎧の男の動きを止める。冷たい感触、そこに込められた殺気は確実に首筋を捕らている。今、微塵でも動こうものなら、この勝負は一瞬で終わってしまうだろう。そんな事は誰が見ても歴然だった。  繊細な陶器が床を転がるような音が部屋に木霊する。幅広剣から手を離した鎧の男は、ゆっくりと両手を挙げる。背後から見る青年の瞳には、逆光して漆黒のシルエットとなった男が酷く巨大に映る。柄を今一度強く握る。あと一閃、この騎士剣を薙げばこの男の首は宙を舞うーー。      踵を引き、反転する勢いのままに腕を引き寄せようとする青年の耳に突如響く破裂音。視界は閃光で包まれ、引き寄せる手に一瞬の迷いが生じる。それの正体は、一際大きな一輪の花火。七色の火花を咲かせ、やがて儚げに散るそれは、鎧の男にとって充分すぎる一瞬を与えた。      気づいた時には首筋を捕らえていた筈の騎士剣は地に落ち、鎧の男が握り締める首を支点に、身体は宙に浮いていた。     「終宴の華が咲いた。これで貴様の8回目の挑戦は終了だ」   「糞っ!!糞ったれがぁぁああああ!!!!」    青年の悲痛な叫びを最後に視界は歪み、軈てその歪みは青年やその周囲を全てを飲み込んでいく。鎧の男は歪み行く世界で声高に笑い声を響かせる。 ーーさらばだデヴィリス(欠片)の少年よ、9回目でまた会おう  鎧の男の言葉を最後に、歪みは全てを飲み込んでしまった。    
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加