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どうか命だけは、わざわざ殺さなくても、これからは王族としての使命を果たす。本当にーー絶対に。そんな彼女の懇願は最早コードナーの耳には届かない。後頭部から依然と消えることのない冷たい視線。その冷たい視線に耐え兼ね頭を上げた時、閃光が一瞬目前を通過したかと思ったときには、すでに彼女は額に風穴をあけ無惨な骸へと成り果てていた。
「栄光の上に胡座を構き続けた貴様等の言葉など最早聞くに足らん。今が貴様が王族としての役目を果たす時だ。その薄汚い血肉を贄とし、遡行の糧となれスカーレット」
骸が積み上げられ、鉄の臭い立ち込める空洞内。そこに立っているのは既にコードナー1人のみ。多くの血を吸った大地がその身を震わせ始めた。
「来たか‥‥。遂に不死の下、永遠の安寧が訪れる‥‥‥‥!」
肉親の骸の中で声高に笑う男の姿。それはまるで悪魔にでも取り憑かれたかのように笑い狂う。
彼は誠実な性格故に、歪んだ国民への愛情を産み落としてしまっていたのだ。このまま時間を遡行し、世界は二度目の自転を始めるかに思えた。しかし。
「なんだこれは‥‥。どうなっている!?」
今まで球体の姿をしていたアカシックレコードだが、内側からなにかが弾けているかのように、その姿を歪なものに変化させていく。軈て内から1つの彗星が弾け出したかと思うと、空洞内を一週した後、天上を突き破り遥か彼方へと消え去ってしまった。
それを口切りに次々と飛び出してくる彗星。明らかに正常ではないその光景にただ狼狽えるコードナー。
予定では地鳴りと共に時間が遡行を始める予定であった。が、アカシックレコードは今にもその姿を分散し、拡散しようとしている。理由は至極単純だった。時間を遡行するとは、即ち過去の改変。過去を記録するアカシックレコードにとっては致命的なエラーである。歯車の狂ったそれは暴走を始め、自らの破壊を始めたのだ。
そんな事知る由もないコードナー、打つ手無しかのように見えた。が、コードナーは自身の魔力で結界を張り、彗星がこれ以上拡散する事を防ぐ。己の持つ力をありったけその結界に込める。そして、この状況の打開策を模索し、思考し、脳内で試行する。拡散する彗星を見据え、その内に秘めた星の記憶を頼りに。
天上にあいた風穴からは、その様子を伺うかのように青い月が顔を覗かせていた。
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