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朝が来た。
連休初日を移動に費やした僕は、二日目を有意義に使うことに決めた。
もちろん、同窓会なんてたかが二年離れてただけの奴らに会いに行く訳がない。僕は、相澤なんて4年前に死んだ人間の話をする気も無ければ聞きたくもなかった。
とっくの昔に終わっている、あの時抱いた感情も、何もかも僕の中にはもう、残ってなどいないのだ。
昼過ぎに自転車を全速力で漕いだ。
風が体に当たると気持ちよさと同時に、懐かしさが押し寄せてあふれた。
あの売店でパンを買った。あの本屋で参考書を見た。坂道を下っていくたびにタイヤから何かがこぼれていった。僕の思い出が吐き出されて散って。
でも、それが何だって言うんだろう。あの時の僕はただの大学生になった。あの時だって輝いているようなものでは無かったが、もっと今よりずっと。
気がつくと、泣けてきそうだったから止めた。
ちょうど目的地についたところで心のタガは外れずに済んだ。それいいのだ。二十歳近くの男が往来で泣くもんでも無いのだから。
カラオケ屋で一人で歌うくらいがお似合いだ。フリータイム。機種はアニソンばっかりが出てくるのを選んで、マイクの音を少し上げた。
声が枯れるくらいに歌ってやりたかったが、大人になった僕はそこまで馬鹿にもなれなくなっていた。ほどほどのところで店を後にした。
僕は自転車にまたがり、直近で帰るようなことはせずにあたりをうろついた。
交差点前のドーナツ屋にでも行こうと思ったら、店が潰れていた。仕方なくスマホで検索したところ、近くに新しく喫茶店ができていた。かき氷で有名な女性向けの店が。
「流石になあ」男一人が入るには、敷居が高すぎる。
そう思った時、女性が背中を叩いた。手の平がじわりと重力をかけたかと思うと、背から剥がして、今度は肩を強く掴んだ。彼女は僕の自転車の荷台に乗っかかって、ふともも辺りをなでた。
その気味の悪さが、意地の悪く、じめつくそれが。
――君がやっていったことに、そっくりだった。
女性は、舐めるように僕を見て、一言。「会いにきた」
女性が口角を上げると、その唇の舌から八重歯が見えた。小動物みたいに噛みついて、離れない気味悪さが。右腕の肘の下か指先に筋をつけるように流れた。
「タカに会いにきた」
――――僕がその日見た女性は、君の顔をしていた。
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