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「――お前」
僕が言いかけた時、彼女はこういった。
「相澤って呼んでいただけない?」
僕の口に自分の人指し指を当てて、じわりと提案とはかけ離れた『脅迫』をされた。
彼女は足首まで隠すような長い丈のワンピースを着ていた。風に揺れる度に生地が揺らめいて、波を小刻みに立てる。その首筋にはじっとりと汗の球が出来てはこぼれ落ちていく。
「『相澤』なの。ここに居るのはタカが忘れたくても忘れられないあのクラス委員長なのよ」
彼女はじっとりとした目で見てくる。彼女の声は息を吐くたびに、ジリジリと耳を痛みつける。
低くてひびきのいい声が、伸びのよいその声がどうも心地よくて困る。
「――『相澤』はとっくに死んだよ」
4年前のこのくらいの時期に亡くなった。
高校一年生に綺麗に散っていった花みたいなやつだった。
「お前みたいな、へビじゃねえよ。顔はそっくりだけどな」
僕の目の前の女性は、相澤があの時から女性らしくなったとすれば、こういう風に成長すると思うデータそのままなのだ。
彼女は僕の言葉に反論した。
「ここに生き返ったの。4年間の儀式を経て、『相澤』は再生した」
相澤と同じ顔をしたそれは、にんまり笑ったのだ。
夏の手前、ひだまりみたいな笑顔で僕に話しかけてきた君はこの世を去った。
あっけなく死んでしまった君を、僕はどんな目で見るべきだったのだろう。どんな方法を用いても間違いしか起こさないような気がする。
いや、違うな。全部間違いだったのかもしれない。
君に会ったことも、君の死に顔を見に行ってしまったことも、久しぶりにこの地に帰ったことも。
全てが、愚か者を製造するだけの工程でしかなかった。
儀式なんて、形式じみた伝承を目の当たりにした愚か者は、ついに『相澤』という象徴を手中に収めた。
ここに、生きる屍『相澤』が完成した。
僕は今どんな表情をしているだろうか。笑えないような奇跡がそこにあるのに、何故かまた涙が出そうなのは。ちゃんと隠せているだろうか。
「行きたいところがあるの」
相澤が僕の手を掴んだ。けれども、拒否する気にはなれなかった。
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