迷惑な客

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「美味しかったよ。彼女も大いに喜んでくれたし。  今度、君も食べにくる? ご馳走するよ」 ーー新手のナンパか? 彼女がいるくせに、軽いな、この男。 そんなことを腹の中で思い浮かべながら、男のかごをちらりと見る。 ベーカリーで買ったパンとヨーグルト、アーモンドとカットフルーツが入っていた。 全部で締めて1573円。 葉子のランチより遥かに高い。ひょっとすると夕飯より高かったりする。 「朝ごはんですか?」 好奇心には勝てず、お金を受け取りながら訊いた。 「今朝はヒマがなくてね。オフィスで食おうと思って。このギリシャヨーグルト、ここじゃないと買えないから」 なるほど、そう言われて注意してみると、男の買ったヨーグルトは見慣れないヨーグルトだった。 「ギリシャヨーグルト?」 「これが濃厚で美味しいんだ。一度食べるとやみつきになるよ」 こんなちっこいのに、一パック350円もするヨーグルトなんて葉子にはとても手が出やしない。 ーーヨーグルトなんてギリシャじゃなくて、ブルガリアで十分なんだけど。 「そうですね、今度食べてみます」 葉子は、飛び出そうになる本音をぐっとこらえて、おつりを渡しながらにこやかに返事をした。 営業スマイル、営業スマイル…… 自分に言い聞かせている。
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