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「来週から行くから」と告げると、母親は何度も頷く。
「あと数年一緒に暮らせると思ったけれど……仕方ないわね」
複雑そうなその表情と言葉に首をかしげると、視線を左右に小さく泳がし目を細めた。
――あと数年?
「母さんな――」
その時――『9時です、 担当の者は港にて待機しなさい。繰り返します――』
家の壁に設置された無線が、聞き慣れた言葉を発する。
「っと、母さん、じゃあ仕事行ってくるよ!」そう言うなり、慌ただしく裸足で家を飛び出した。
何だったのだろうと思うも、遅れる訳にもいかない。そんなことよりも急がないと大変なことになるのだ。
*
港に着くと既に大勢の人々が、停泊している船に乗り込もうとしていた。列をなし誰一人乱す者などいない。
カッと照らす太陽の下、人でごった返した船内で暑さと吐き気に耐えながらも、静かに船は進んでいく。
目的地の港へ船が到着すると、列を成しながらも各々の目的地へと静かに散らばって行く。
小綺麗な服に身を包む人々に道を譲り、舗装された道を歩き隙間を縫うように歩くと、俺は立派な庭に囲まれた屋敷の前で立ち止まった。
今日の仕事は、この屋敷の掃除だ。
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