第十九の扉「雨の日の記憶」

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一 枇杷(びわ)のタルト  雨が降ってきた。  窓の外に、雨が降っているのが見える。  それはまるで、あの日のように。  私が何も話さずにいるのを見ると、月渚のママは立ちあがり、キッチンでお湯を沸かしはじめた。きっと紅茶でもいれようとしているのだろう。紅茶……それも悪くない。紅茶が飲みたい。あたたかい、紅茶が。  ここ数日、月渚は風邪をひいて学校を休んでいた。私は学校の帰りに「枇杷のタルト」を買って、彼女のお見舞いにきたのだった。そのまま月渚の部屋がある二階にあがろうとしたところを、月渚のママに呼びとめられた。 「ちょっと、いいかしら、亜美ちゃん……」  いつになくマジメなその口調に、首をかしげた。そしてリビングのソファーにすわった私に、月渚のママは、こう言った。 「月渚が、妊娠しているようだ」と。  聞いても、声すら出せなかった。  それは、はるかに驚きをとおりこして、私をどこか知らない空間に導いたみたいだった。私は、月渚のママに言葉を返すこともなく、窓の外をながめた。そしたら、雨が降ってきた。窓の外に、雨が降っているのが見えた。それはまるで、あの日のように。パリで月渚がいなくなった、あのときのように。
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