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西日が差す1階隅の美術室。私、佐々木美寿々は1人ポツンと部活動をしている。部活動と言っても何を描こうか白紙のスケッチブックとにらめっこをしているだけだが…。
「ねぇ、シナノキ様。アイディアを私にちょうだい」
私は後ろに背伸びをし、厚めのボブヘアーの隙間に風を送りつつ自分の背後にあるステンドグラスに話しかける。
うちの高校の美術室は1番左端の窓がシナノキが描かれたステンドグラスになっている。赤と黄色をバックにした緑と茶色の木の絵なのだが、顧問の先生曰く「葉っぱの形がシナノキ」らしい。
このステンドグラスは何でも願いが叶えてくれるというジンクスがある。そのジンクスにあやかる人は滅多にいないが、このステンドグラスにすがりたくなる人はよっぽど気持ちが滅入っている人だと思う。自分を含めて。
私はシナノキのステンドグラスに近付く。西日が差して、キラキラしているシナノキ。
「綺麗…。」
思わず右手を出してステンドグラスに触れると、
“俺、諦めた方がいいのかなぁ”
ステンドグラスの向こうから声が聞こえた。びっくりして、私は思わず手をステンドグラスから離した。
「誰かいたのかな…?っていうか、私のつぶやきも聞かれた?」
もしかしたらジンクスにあやかりたいほどの私と同じくらい気が滅入った人なのかもしれない。ステンドグラス越しなら顔は見えない。ちょっと話を聴いてみてもいいかもしれない。同じように悩んでいる人がいて、私は少し嬉しくなった。思わず、またステンドグラスに触れる。
“俺、歌を歌うことが大好きなんだけど、歌手になる夢を諦めた方がいいかもしれない。友情とか夢の歌なら気持ちが分かるから歌えるんだけど、恋愛の歌が歌えない…。数多く歌われている恋の歌の気持ちが分からないって致命的だよね”
この人は歌手になりたいんだ。だけど、恋の歌の気持ちが分からないから歌えない…。
「…じゃあ、恋をしたらいいんじゃない?」
思わず私は答えてしまった。
“…!?やっぱり木が喋った!すごい!ステンドグラスの木が話すジンクスは本当だったんだ!!”
えぇー!!ジンクスを信じちゃうの?誰かがいるとか疑いなよ…と私が思っていると、
“ねぇ、また君に話してもいいかな?”
と尋ねられてしまった。気持ちが滅入っている人を放ってはおけない…。
「いいよ。明日の放課後またおいで」
“ありがとう!”
私は知らない誰かと約束をしてしまった。
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