第3章

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「こんにちわ」 それからずっと、主に俺の方の都合で機会がなくて。青羽が部屋にやってきたのは約束してから3週間を過ぎた頃だった。 ドアチャイムの音に扉を開ければ、食材を山ほど抱えた彼が立っていた。 調味料まで持参している周到さにちょっと驚く。まあろくに揃っていないのは本当だったけど。 「今日は和食にしようと思うんです」 手早く下ごしらえをしていく青羽の後ろで、何か手伝う事はないかとうろうろする。いいから座 っててと、缶ビールを持たされてリビングに追いやられた。 生活感のなさをカバーしようと、つい先日購入したばかりのローソファに腰を下ろす。 他人が自分の部屋の中に居ると言うのに、少しも気にならないのはどうしてだろう。 キッチンから聞こえてくる音、青羽の気配は、むしろ心地よかった。 小一時間で出来上がった料理を、彼がリビングのテーブルの上に並べ始める。 冷たい茶碗蒸しにおひたし、焼き魚と次々に出てくる料理は、とても素人の料理とは思えない出来栄えだ。甘味のデザートもあると言われて、じつは甘党の俺は嬉しくなった。 「本当になんでも出来るんだな」 思わず言うと、彼がはにかんだ笑みを返した。 「君は飲まないのか?」 二本目の缶を手にして、ふと彼の前にあるお茶に気づいて聞く。 「あ、すいません。荷物運ぶのにバイクで来ちゃいましたから……」 そう言う彼の目の前に、とんとビールの缶を置いた。 え?と戸惑う声を上げる青羽に、泊まって行くといいと告げる。 「俺も明日は非番だし」 彼さえよければ、ゆっくりと一緒に飲んで話をしたかった。 「お休みだったら……奥さんとか、会いに来ないの?」 その言葉に、青羽を見返す。 「えと、ほら、奥さんが来た時に、俺が家の中で鼾をかいてたら、びっくりするでしょう?」 「君は鼾をかくのか?」 求められたものとは違う答えを、わざと返す。 「かきませんよ!や、そーじゃなくって……」 唇を尖らせた青羽が、も、いーです、と呟いて。半ばヤケクソのように缶ビールのプルタブを引き開ける。 子供のようなその仕草に笑い出しそうになるのを堪えた。 「仙台の出身なんですか。俺はね、ほっかいどー」 「北海道には行ったことないな」 「いいっすよ、広くて、なんもなくて」 アルコールには強いと言っていた彼のロレツが、だんだん怪しくなってくる。
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