偽物と本物の間

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濃い目に淹れられたお茶と芋羊羮をいただいている時だった。 襖が開いて、グラサンが顔を出した。 「オヤジ、お連れしました」 「ジィジ、お帰りなさい」 甲高い澄んだ声。 その発信源は小さな女の子だった。 「おお、かぐや。ただいま」 ジジイがまたデレている。 「かぐや、ご挨拶なさい。 この方が今度から家庭教師をしてくださる石作さんよ」 ワイフさんが女の子の肩に手を置いて促した。 いやいや。 ツッコミどころが満載だ。 まず、どこが娘だ!!! 己らのどこにそんな体力が残ってるのだ!! どうやったって無理だろう!! さらにはかぐや本人から「ジィジ」って思いっきしジーサン扱いされてんじゃねーか!! もうひとつ、僕はまだ引き受けてないからっ!! かぐやと呼ばれた女の子は、僕を見つめたあとニコリと微笑んだ。 「こんにちは。かぐやです。 先生、どうぞよろしくお願いします」 頭を下げると、サラリと髪が揺れる。 ウインドチャイムが揺らされたように、清涼感のある空気に包まれた。 ……可愛い。 今まで教えてきたどの子よりも可愛い。 上品なワイフさんに育てられたせいか、躾もよくされているようだ。 あまりの可愛らしさ、初々しさに、こっちまで笑顔になった。 「こちらこそ、どうぞよろしく」 「よし、決まりじゃな!!」 ジジイの言葉に我に返る。 しまった、よろしくお願いしますと言われて、うっかり同じ言葉を返してしまった。 慌てて弁解しようとしたが、汚れのない瞳がじっとこっちを見ているものだから、胸の内でやれやれとため息をついて僕は答えた。 「今、僕はたくさんの生徒を担当しているから、来月から来るね、かぐやちゃん」 かぐやはまたニコリと微笑んで「はいっ!!」と元気のいい声を出した。 こうして僕はややなし崩し的にかぐやの家庭教師を引き受けることになったのだ。 ひと月の間に、生徒一人一人に担当を外れることを説明し、信頼を置ける後任を紹介した。 同時に簡単に荷造りをした。 往復八時間の通勤ははっきり言って無理だ。 どうやらそのことを見越しての「専属」だったらしく、毎日勉強を見る代わりにジジイの家の離れに住まわせてもらえることになった。 両親は寂しがったが、僕は気が楽だった。 同じ屋根の下にいる間中ずっとついて回る心の影に怯えずに済むから。
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