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審判の日がやって来た。
僕は慣れない運転で、あの山道を上っていた。
3年も山籠り生活をしてたんだ、すでに綺麗にペーパードライバーだ。
助手席の手荷物の中にはシックなデザインの眼鏡ケースが入っている。
普通に眼鏡屋でかぐやに似合いそうな眼鏡を見つけて、それを買い求めた。
一応情報収集はしてみた。
ただもう数十年も前に、そんな研究や物品はプライバシーの侵害に当たるとして政府から禁じられている。
個人情報の保護に関しては、厳しい法が定められた世の中だ。
今や電話帳すらないのに、人の真実の姿が見えるものなどあってはならないだろう。
最初こそ、貯金を切り崩して渡り歩き、モグリで研究を続行しているのではないかと当たりをつけた場所を巡ってみた。
当然軒並み門前払いだった。
やっていたとしてもバレたら禁固刑は免れないし、今までの研究成果も握りつぶされる。
若造が単身で乗り込んで開く門ではなかった。
それよりも、探すのをやめた理由は僕自身にあった。
3年ぶりに突然帰宅した僕を、母はとても嬉しそうに招き入れた。
「お帰りなさい!!
もう突然なんだから。
連絡してくれたらあなたの好きなもの沢山作ったのに」
全身で喜びを表して、いそいそと仕度に取り掛かる母を見て、喉の奥が軋んだ。
僕は……ちゃんと居場所があるんだ。
僕を待ってくれている人がいるんだ。
母が連絡したのか、父も普段より早い時間に帰ってきた。
「お帰り、突然だな。
心配したぞ、特に母さんなんか土曜になると今週は帰ってくるんじゃないかってそわそわしてた。
忙しくてもたまには連絡ぐらい入れなさい」
こうやって不義理をしていた僕を、以前と変わらず叱ってくれる人がいる。
久しぶりに母の味噌汁を飲んだ。
ほっとする、懐かしい味。
3年間違う味の味噌汁を飲んできた。
でも、どんなにワイフさんのご飯が美味しくても、最終的に自分の舌に馴染んでいるのは、母さんの味噌汁だった。
子供みたいに涙が溢れた。
「帰ってきてもいいかな。
ちゃんと大学にも行く。必ず卒業する。
それから真面目に働くから」
いきなり項垂れる僕を暫く静寂が包んだ。
そして、母さんの手が頭に触れた。
「当たり前じゃない。
ここはあなたの家なんだから」
僕はこの人たちと血は繋がっていないけれど、
決して紛い物なんかじゃない。
やっと、そう気付いたから。
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