偽物と本物の間

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「さあ、乗るがいい」 上から目線で言われたものの、目の前にあるのはキョロリとした真ん丸いライトが可愛らしい軽自動車だった。 「……人間国宝予定なのに軽自動車なんですね」 「当たり前じゃ、移動するだけのものに大層な金はかけられん。 重量税たら、車検たら、この国はやたらとお金ちゃんを搾り取ろうとするからの。 大事なのは動くことじゃ、高級感だの広さだのは求めておらん」 さすが、諭吉lover。 この徹底ぶりは本物だ。 後部座席に収まると、ジジイは隣に座り、浅川がハンドルを握った。 車は軽いエンジン音をたてて滑らかに走り出した。 「ちなみに今渡したのもただの紙切れじゃ。 ワシは金融機関など信用しておらんからの。 破綻すれば補償は僅か、預け入れれば資産がバレる、良いことはない」 なるほど、胸のポケットに捩じ込んだ小切手には、銀行名が書かれていなかった。 悪びれもなく公文書偽造するなよジジイ。 「君が依頼を引き受けてくれたら現金で手渡すからの」 タンス貯金かっ!! だからこの国の経済が回らないんだよ。 呆れて窓の外を見やる。 景色がどんどん変わっていく。 僕の住む街から離れ、見たこともない街を抜け、徐々に人里を離れていく。 山に差し掛かったとき、僕は一抹の不安を感じた。 まさかとは思うが……。 『いい竹細工のためにはいい竹が必要じゃ。 それにはいい養分が必要なのじゃよ。 ヒッヒッヒ……(穴&埋)』 『わあっ♪ 来年の春、僕はタケノコとして生まれ変わるんだ!! 楽しみだなあ♪ニョキン♪』 ……なんてことにはならないよな? 視線を下げ、チノパンの太もも辺りを握りしめた。 つか、ここはどこ辺りになるんだ? こんなところまで毎日通わせる気なのか? 周囲はすでに一軒たりと民家が見当たらない、竹に覆われた山道。 さすがに不安を隠せずジジイの横顔を見たとき、ジジイが口を開いた。 「あそこがワシの家じゃ」 前方に見えたのは整然と並ぶ竹垣。 広大な敷地にでんと腰を据える、日本家屋だった。
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