一輪の真紅の薔薇

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 ご令嬢を玄関へ促して。  先に革靴を履いてご令嬢を待つ。  ご令嬢の綺麗で品のある女性らしいヒール。  それを見て……。  帰宅してきたときのことを思い出した。 「悠子さんのヒールを見て、凛子が帰ってきてるのかと思ったんですよ。」 「え……?  りんこ?」 「ええ、妹の凛子です。」  ご令嬢の足元から視線を這わせて視線を絡めた。 「……妹……」 「そしたら、節子さんがお客様です。って言うから。  こんなに女性らしいヒールを履くお客さんって誰なんだ?って思ってたんです。  若い女性のお客さん。……親父の?おふくろの?って……。  若干頭の中がパニックで。」  あの時の心の焦りを思い出して笑いが零れる。 「親父が浮気でもしていて、それがおふくろにバレたんじゃないかなんて……。  悶々と勝手に想像を膨らませて。  ……だから、リビングには視線を向けずに逃げるように部屋に行ったんです。」  ご令嬢も一緒に笑いを零した。 「あんな数分の間にそんなこと考えていたんですの?  ふふふ。」  その笑い声も笑った顔も……  俺が知ってる女性の中で誰よりも上品で……  誰よりも可愛らしい。 「内心ヒヤヒヤもんでしたよ。」  ヒールの履き方に……  色気を感じたのは初めてだった。  ベージュのフレアのワンピース。  襟元がレースになっていて、甘すぎずお上品。  ヒールを履くために下を向くとふわふわの髪がゆっくりと肩から落ちてきて。    ……その柔らかそうな髪に……  触れてみたくなる。  ───馬鹿なことを。  ヒールを履いたことを確認して玄関の扉を開けた。
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