一輪の真紅の薔薇

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 スーツの内ポケットから財布を取り出して会計をすませる。  丁寧に袋に入れてくれようとするのを丁重に断った。 「急に寒くなってきましたもんね。」  出店者はもう一度笑顔を向けて「有難うございました」の言葉とともにそのストールを渡してくれた。  俺はそのストールを裸のまま受け取って、その場を走り去った。    ご令嬢はベンチに座ったまま、ロイヤルミルクティを両手で上品に持ち、ボーッと目の前の景色を眺めていた。 「悠子さんお待たせしました。」  また寒さを感じてしまう前に。  ご令嬢の細い肩に出店者に勧められたストールを掛けた。 「フリーマーケットで売っていたものだから、悠子さんが持っているような上質なものではないと思いますが、寒い思いをするよりはきっといい。」  ご令嬢は驚いた表情を貼り付けて、そっとそのストールに触れた。 「あの……有難う……」  ストールからゆっくりと上がってくるご令嬢の視線。 「いえ、俺が強引に連れ出したから、嫌な思いが残るだけの散歩にはしたくないだけです。」  微笑んで答えた。  ご令嬢は俺から視線を逸らして「……そうですわね」小さな声音でそう答えた。    俺とご令嬢の関係が……  今以上のものになるわけがない。  太陽が沈み切ってしまう前に、ご令嬢と自宅へ戻った。  
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