一輪の真紅の薔薇

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 *****  ご令嬢の食事の仕方すら優雅で品がある。  俺の隣の席についたご令嬢。  俺の目の前に座っていたなら、きっと見惚れていたに違ない。  ……だから。  俺の隣でよかったと一人心の中で安堵した。  親父は昔から食事中には一言も発しない。  それでも、俺が事務長に就任してからは食事の時間に顔を合わせるついでに今日のことを報告するために親父に喋りかけることが増えた。  親父はそれを静かに聞いて、頷く。  今日もその延長で。  それ以外ではおふくろが時折ご令嬢に話しかける。  だから、いつもよりも食卓は人の声で溢れていた。  夕食はあっという間に終わる。  食後に節子さんが煎れた玉露を飲みながらご令嬢に視線を向けた。 「俺は節子さんの作る食事が一番好きなんですけど、悠子さんのお口に合いましたか?」    俺の問いかけにご令嬢は視線を向けた。 「ええ。  轟では出ないものばかりで新鮮でとても美味しかったですわ。  これが星野家の味なんですわね。」 「聖時が好きなものも節子さんが一番よく知ってますよ。」  このお嬢様は……  聖治の為にここで、料理をすることになる。 「そうね、悠子さん、よかったらいつでもいらしてね。  次は聖時も一緒だといいけど……。  聖時のことなんて関係なくいつでも。」  おふくろの優しい声音が食卓に響いた。 「ええ、有難うございます。」  ご令嬢の言葉を聞きながらダイニングの時計に視線を向ける。 「さあ、もうこんな時間だ。  悠子さんご自宅までお送りしましょう。」  「ええ、お願いしますわ。」  サッと椅子から立ち上がって、リビングの隅にあるハンガーラックからスーツの上着を取り上げて、それを羽織った。
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