一輪の真紅の薔薇

40/40
前へ
/441ページ
次へ
   そのままリビングに向かう。  ソファに置いてあるご令嬢の小さなバッグと俺が選んだストールを手にした。 「お荷物はこれだけですか?」 「ええ。」 「それでは行きましょう。」  ご令嬢の荷物を持ったまま玄関へと向かう。  外は……  さっきよりきっと寒いだろう。  俺の後ろをついて歩くご令嬢に身体ごと向けて「ストール羽織られますか?」と、訊ねた。 「そうですわね。」  手にしていたストールをご令嬢の小さな肩にさっきと同じようにそっと掛けた。 「あの……有難う。」 「いいえ。」  ご令嬢に笑顔で返した。  ご令嬢を俺の車の後部座席に座らせる。  そのお陰で……  バックミラー越しのご令嬢は視線を向けなければ見ることが出来なくなった。  そうだ……  これくらいの距離感で充分だ。   ご令嬢の自宅をナビで設定して。  自宅から30分程度で着くほど近くだった。  本当にデカいお屋敷で、気後れしてしまいそうになる。 「悠子さん、今日は遅くまで付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。」  ミラー越しに交わる視線。 「いえ、一人で伺ったのに、みなさんお優しくてホッとしましたわ。」 「聖時のことで困ったことがあったらいつでも相談してください。  母も言っていたけど、いつでも来てもらって大丈夫ですし。  悠子さんはもう星野の家族同然なんですから。」  俺は……  この言葉で身を亡ぼす。  ご令嬢は今日を境に星野の自宅へ一人でも来るようになった。  可憐で高貴な深紅の薔薇に焦がれる馬鹿な俺は  時々錯覚を起こす。  ご令嬢は俺に会いに来ているんじゃないか。……なんて  そんなことあるはずがないのに。  ご令嬢は……  天地がひっくり返っても  聖時の婚約者だ。
/441ページ

最初のコメントを投稿しよう!

958人が本棚に入れています
本棚に追加