内に秘めた焦がれる恋心

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「ああ、聖時。  忙しいのに悪いな。」 【用件は?】  この返し……本当に可愛げがない。 「お前、昨日悠子さんがここへ来ることは知らなかったのか?」  余計な話は一切せず、単刀直入に訊ねた。 【……知ってる。】  聖時も誤魔化しもせずにさらりと答えた。 「昨日は仕事か?」 【……午前中は。】 「それなら午後から悠子さんと一緒に来たらよかったんじゃないのか?」 【ふ~】  あからさまに聖時は息を吐き出した。 【あの人が一人でもいいって言ったんだ。  なんで、俺があの人と一緒にそこへ帰らなきゃいけない。】  聖時の冷たい声音が耳に響く。 「婚約者だからだろ。  悠子さんの婚約者として、お前にはするべき最低限のことがある。」 【俺はッ!!】  聖時の苛立った声音。 「彼女が居ることもわかってるよ。  ……だけど。  お前に拒否権はないんだ。」 【……………】  聖時は黙り込んでしまった。  俺にそんなこと言われたくもないだろう。  俺の言葉に聖時は唇を噛み締めているかもしれない。 「聖時」 【それが用件ならもう切る。】 「ちょっと待て!  ……彼女とは……まだ続いてるのか?」 【………………】  その沈黙がやけに長く感じた。 【死んだ】 「……え?」  突然何を言い出すのか。 【美沙緒は車にはねられて……死んだよ……  ハッ……よかったな、兄貴。  これで俺にはあの人と結婚するためのハードルは何もなくなった。】  聖時の信じられない言葉にドクンドクンと体中に鼓動が響き渡る。 「……い、いつ……」  こんなこと聞いてどうするつもりなのか。 【……2か月前だ。  ……もう、どうでもいい。  親父も兄貴も……俺を好きなようにすればいい】  ブツッと途切れた電話。  耳に押し当てた携帯からツーツーと電子音だけが響いてくる。
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