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こんなに緊張しているのに、耳元で聞こえてくる無機質な電子音が途切れることはなくて。
時計に視線を向けると15時を回ったところ。
「……そうですわね。
お仕事中ですわ。」
耳に押し当てた携帯を離して電話を切った。
また夜にでもかけることにしましょう。
ふ~と、大きく息を吐き出して携帯を握りしめた。
夜を迎えて……
もう一度聖時さんの番号に電話をかける。
だけど、コール音は途切れない。
なんだか腹が立って、2度3度かけなおす。
それでも聖時さんは電話に出ない。
まだ仕事中なのかしら?
そもそも……
この電話番号はあっているのかしら?
少し腹を立てながら、部屋から出て伊部を探す。
伊部は轟の家にいないことも多い。
お父様に同行していたり、お母様のお花の教室の送迎をしていたり。
轟の家族のスケジュールは伊部が一番把握していますの。
伊部が轟家からいなくなるなんて考えたことはないけれど、伊部がいなくなれば轟家は万遍にいかなくなる。
それほど、轟家での伊部の存在は大きい。
そう言うわたくしも、なんでも伊部に聞いてしまっている。
伊部がいなくなって一番困るのは……
きっとわたくしですわ。
リビングに入るとお母様の姿しか見えなくて。
お母様はリビングでお花を生けていて、わたくしに気付くと手を止めた。
「あら、悠子さん、どうなさったの?」
髪を結いあげて、和服に身を包む。
京小紋が特にお気に入りで家では殆ど京小紋。
お母様の透明感ある肌に合った、華やかなお着物で。
凛と背筋を伸ばしたその姿に品の良さを感じる。
「お母様、伊部を知りません?」
「伊部?」
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