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「……そうですね。
翌朝困らない程度に化粧品をご準備されればよいのではないでしょうか。」
無表情で……
だけどいつもより低い声音に感じた。
「それだけで大丈夫ですの?」
「お洋服は同じものをお召ください。
翌日は伊部がお迎えに参りますので、誰にも見られることはありません。
タオルなどは星野様にお借りすればよろしいかと思います。
お荷物は少なめに、控えめに。
あからさまに泊まりに来たとわかるようなお姿では見苦しいかと思います。」
伊部の雰囲気がいつもと違う気がしたのも一瞬で、淡々とわたくしにそう説明したのですわ。
「……見苦しい……」
伊部の言葉が胸に刺さる。
確かに。
聖時さんに好意を持たれているわけではないわたくしが、あきらかに……な格好でいくのは不愉快に思われるかもしれない。
普段お世話になっているビューティーアドバイザーに相談して、一泊するのに必要な化粧品を準備してもらった。
浴室の洗面台の前で、それらが入ったポーチを開く。
メイク落としに洗顔……。
わたくしは今から……
素のわたくしになるのですわ。
洗面所には聖時さんの歯ブラシとシェーバーくらいしかなくて。
ここには何一つ他の女性を感じない。
それに安堵している自分と
もしかすると、シャワーから上がった後には聖時さんがわたくしを求めてきてくださるかもしれないと思う期待。
そして……。
これで煌人さんを忘れなければいけないと思う胸の奥に残る苦しさ。
身に着けているものをすべて脱ぎ去って、鏡の前に現れる全裸のわたくし。
女として……それなりに成長したと思ってはいますの。
別に浅黒いわけでもない肌。
それなりにふくよかな胸。
皮下脂肪の少ない下腹部。
ですけど……
わたくし、経験は0に等しい。
21の時にお付き合いしていた恋人の方と一度経験しただけ。
初めてのことで、アレがよいものだったのか、そうでもなかったのか……。
ただ痛かったことしか覚えていなくて。
それでも、その後に抱きしめられた腕の強さに幸福感を得たことは頭の片隅にうっすらと残っている。
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