あてがわれた婚約者

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 冷静を装った。  こうゆう不測の事態である時こそ冷静に。 「申し訳ありませんわ。  部屋を間違えたみたいですわ。  失礼致します。」  そう答えてその場を後ずさる。  再度、インターホンの機械に映る部屋番号を確かめる。  伊部が言っていた番号に間違いはなかった。  それでもわたくしは伊部が部屋の番号を間違えたのだと信じて疑いもしなかった。    少しツンツンと気分を尖らせながら伊部の待つベンツへ戻る。  伊部は運転席に静かに座っていた。  わたくしの姿に気が付いて、運転席から降りてきた。 「星野様はいらっしゃいませんでしたか?」  その呑気な声音に更に腹が立ってしまう。 「違いますわ。  聖時さんの部屋の番号間違えてません?  インターホンを鳴らしたら、女性の方が出られましたわよ。」 「…………」  伊部は一瞬無言になった。 「そんなはずはありませんが……  再度、星野様の秘書に確認いたしましょう。」  そう言うと伊部はスーツの内ポケットから携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始めた。   「……工藤さんですか。  轟の執事の伊部でございます。────」  伊部はしばらくして電話を切った。  そしてわたくしに視線を向けた。  電話の内容で結果はわかっている。 「悠子様、やはり間違いないようでございます。」    聖時さんのことではなんだか釈然としないことが多い。 「それじゃあ、あの女性は一体誰なんですの!?」 「答えは二択しかないでしょう。」  伊部は無表情でわたくしにそう告げた。 「二択とは?」 「ひとつは遊び相手。」  伊部のトーンの変わらない声音と、そうだと断言するほどの躊躇のない言葉。 「もうひとつは……」  伊部の言葉にやけに心臓の鼓動が大きくなっていく。 「恋人。……でございましょう。」  伊部の言葉に血の気が引いていく。  まさか……  そんな相手がいるなんて  想像すらしていなかったから……
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