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いつものように通された客室。
伊部さんが淹れてくれたコーヒーも今日は緊張で飲む気がしない。
バクバクと心臓の音が強くなる。
俺のこの想いは誰にも言ったことがない。
どっちにしても、知事が俺のことを認めてくれなければ何一つ前には進まない。
スーツの襟元をピッと引っ張り気合を入れた。
今から知事に言うことは、俺の我儘にすぎない。
悠子さんが俺を好きなわけでもない。
悠子さんを1㎜たりとも大事にしようとしない聖時に腹が立って、勝手に俺が起こしている暴動に過ぎない。
仮に知事が俺のことを認めてくれて、結婚の相手が俺でもいいとなったとして。
それでも、悠子さんは聖時を選ぶかもしれない。
悠子さんが好きな相手は俺じゃないから。
……そしたら。
俺はきっぱりと諦めるしかない。
そうだな。
その時にはきっぱりと諦めて、一生独身貴族で過ごそう。
自分の気持ちを確認したと同時に知事がドアを開けて入ってきた。
いつものように立ち上がると、知事が先に声をかけてくれた。
「やあ、今日は突然どうしたんだね。」
今日の知事は和服姿だった。
「突然申し訳ありません。」
知事に頭を下げた。
「いや構わんよ。」
そう答えながら向かいのソファに腰を下ろした。
俺もそれを確認してソファに座る。
ドクンドクンと激しくなっていく鼓動。
「珍しいね。
今日は工藤くんはいないのかね?」
「ええ。
今日は俺の話を聞いていただきたくて、一人で参りました。」
「ほう。」
いつの間に部屋に入ってきていたのか、伊部さんがすかさず知事の前に日本茶を置いた。
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