太陽の下で

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「ここには……  いい思い出なんて何一つありませんでしたから……」 「……悠子さん……」 「あの時に悠子が作った夕食は……  誰にも食べられることなく捨てられたに違いないですわ。  ですけど……あの時のあの夕食も……聖時さんの為に作っていたわけではなかった……」 「……え?どういう意味ですか?」 「誰もいないこの部屋で……  ……煌人さんを想いながら……  悠子は……純粋に聖時さんのフィアンセではなかった……」  悠子さんの瞳が揺れる。 「俺が、全部塗り替えます。  悠子さんの辛かった記憶を俺が全部塗り替える。  だから、もう……聖時の事は思い出さなくていい。  この部屋も今日で解約だ。  ここへ来ることはもう二度とない。  俺と悠子さんは今日、ここからスタートするんだ。  この部屋の記憶は俺とのことだけを覚えていればいい。」  悠子さんの瞳を真っすぐに見つめて、自分の気持ちを真っすぐにぶつける。 「ほら、悠子さんも。  こんなに美味しいスープなんだから、温かいうちに飲んだ方がいい。」  俺が微笑むと悠子さんは小さく笑う。 「ええ。」  そう答えて、悠子さんもスープを口に含んだ。 「……本当に……美味しいですわ。」 「俺はその理由を知っていますよ。」 「え?」 「悠子さんの愛情がたっぷり入っていますからね。」  俺は茶目っ気たっぷりに自信をもって言葉にした。 「ふふふ。」  悠子さんは口元を隠して笑う。 「正解ですわ。」  そう言って柔らかく笑う。  トクンッ……  優しい鼓動が体中に響く。  その悠子さんの艶っぽくて柔らかな笑顔が好きだと思う。  食事も終わって悠子さんにもシャワーを勧めた。  汗だけ流してきますと言って、悠子さんもシャワーを浴びに行った。  その間に普段家ではしたこともない皿を洗ってみる。  これがスポンジでこれが洗剤?    ずっと実家暮らしの俺がこんなことをするのも初めてで。  それでも、誰かの為にすることは楽しかった。  スーツの腹回りがビシャビシャに濡れた。 「何故だ?」  摩訶不思議なことすら面白くて「あははは」と笑いが零れる。
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