事務長と医者

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 俺の家は外科病院。  生まれた時からそうで、生まれた時から進む道を決められていた。  それに逆らったのは、親に反抗して。とかじゃない。  それが、俺なりのこの病院を守るやり方だと思ったからだ。  医者の道をそれて経済学部に進んだ。  この病院で事務長として金銭面での経営を安定させる。  高校2年の時にそう胸に誓ったんだ。  こんな突拍子もないことを決めて、それを親父が許したのも。  すべては聖時がいたから。  聖時は俺が医者になっていても、きっと医者になったと思う。  聖時は静かな性格で、親父に言われたことを文句も言わずに淡々とこなしていく。  そんな聖時が一度だけ声を荒げたことがある。  医師国家試験に合格して、研修医として働きだしてしばらくのことだった。  大学から一人暮らしをしていた聖時が、ふらっと帰ってきたんだ。  凛子は当時まだ医学部生で、星野の自宅で同居していた。  医師免許を無事に取得した聖時に凛子は軽い気持ちで言ったんだと思う。 「聖時兄さんのお陰で、この星野外科も安泰ね。  三代目の院長が無事に育って、おじいさんも喜んでるんじゃない?」 「……俺は…………ない……」  聖時の声音は小さくて全然聞こえない。 「え?」  凛子が訊ね返した。 「俺は!  こんなちっぽけな病院の院長で終わらない!」  聖時がそんなこと言うなんて正直驚いて。  医者になって……  その後の星野外科病院のビジョンでもあるんだろうか……。  今でもあの時の聖時の言葉の意味はわからないままだ。 「煌人~。  本当に泊っていかないの?」  甘い声音が俺に纏わりついて。  細い腕が俺の腰に巻き付いてきた。
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