事務長と医者

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 あの頃の親父はひどく疲れていて、イライラしていて。  医者として院長として今まで星野病院を引っ張ってきた親父が初めて弱音を吐いた。 「わたしは院長として失格だ。」  頭を抱えた親父の姿を俺は一生忘れない。  それまで医者になって親父を支えていきたいと思っていた俺の頭の芯をグワンと大きく揺らす衝撃的な出来事だった。  この病院に今必要なのは  経営を安定させることができる有能な事務長。  医者になるべきか  事務長になるべきか  母が医者だったこともあったし  医者になりなさい。なんて3人ともはっきりと言われたことはない。  それでも、弟の聖時も妹の凛子も将来は医者になるんだと俺は思っていたし、本人たちもその道を進むつもりだと思っていた。  俺は院長になるために医者になる。だから、お前は星野の為に事務長になれ。……なんて、聖時にも凛子にも言えるわけがない。  俺が逆の立場なら、言い出したお前がやれよ!って思ったと思うから。  事務長になることは、自らの意思。  誰にも相談せずに自分で決めた。  星野の為に、俺は医者ではなく事務長になる。  まさか……。  医者にならなかったことを今さら死ぬほど後悔する時がくるなんて  思ってもいなかった。  暗闇に流れる星が  もしも本当に願いを叶えてくれるなら……  事務長ではなく  星野病院を継ぐことが出来る医者になる道を選ぶ俺に……  過去を変えてくれ……
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