あてがわれた婚約者

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 正面玄関から中に入る。  受付には10名程度の事務員がいて、診療科への手続きを行っていた。  現在の星野外科病院の従業員は210名。  診療科は消化器外科、消化器内科、乳腺外科、肛門外科、リハビリテーション科、麻酔科。  病床数は70床。  そう聞いてますわ。  1階に外来があって、2階に手術室と内視鏡室。  そして、3階が病棟。  少し病院内を歩き回って思ったこと。  古めかしい病院だけど、ここで働いているスタッフはみんな親切で丁寧。  患者も家族もどこか安心しているような感じが伝わってきた。  病院の経営も病院での仕事も何も知らない素人ですけど、いずれここの関係者になるわたくしにとっては他人事ではないから……  少し心が躍る。 「……いい病院ですわね。」  半歩後ろにいる伊部の表情なんてわたくしには見えなかったけれど、きっと伊部もそう思ったに違いない。  だっていつも何かとうるさい伊部が何も言わなかったから。  正面玄関から外へ出る。  外は晴天で朝の心地よかった空気が嘘のように太陽が照りつける。   「悠子様、車をまわして参ります。  あちらでお待ちください。」  伊部が指す場所は車の待機場所のようだった。 「ええ。」  ヒールを履いているわたくしの目の前に自分で気づかない段差が存在していて。  よく見れば『段差注意』の貼り紙がされていた。  だけど、それに気が付く前にわたくしの足はその段差に囚われてしまう。 「キャア!」  身体が前に傾いていくのを感じながら、だけどそれにあらがえるほどの運動神経も持ち合わせてはいない。 「危ない!」  颯爽と殿方がどこからともなく現れて……  力強い手にわたくしの身体はその場に留められた。
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