一輪の真紅の薔薇

3/40
前へ
/441ページ
次へ
 無言の圧力で来るなと言われても……。  気になる。  聖時と彼女が家に来て、節子さんは親父に言われた通りに玄関の奥の応接間に通した。  親父とおふくろが応接間に向かって、しばらくして節子さんがコーヒーを応接間に運んで行った。  節子さんが戻ってきてから俺は素知らぬ顔でリビングを後にした。  凛子は今年医師国家試験に合格して、研修医で奮闘中。  だから、土日関係なく仕事に出てるみたいだ。  ここから大学までは少し離れているから、この3月に自宅を出た。  今は大学の近くで一人暮らしをしている。  まだ家を出てからはここへ帰ってきたことはない。  この自宅に残っているのはいい年した長男の俺だけ。  ……いずれはこの家を出なきゃいけないだろうけどな。  星野を継ぐのは弟の聖時だから。  忍び足で廊下を歩く。  次第に聖時の低い声が聞こえてきた。  沈黙が生まれて……。 「お前の人生はお前だけのものじゃない。」  応接間の扉越しに親父の声がした。  俺の耳にもその言葉ははっきりと聞こえた。  親父のその言葉の前に聖時が親父に何を言ったのかまではわからない。  それでも……。  その言葉は……  心に刺さる。   「お前がこの結婚を断れば星野病院は潰れてしまう。  いずれはお前がこの病院の院長になる。  お前の肩にはこの星野で働いてくれている職員全員の人生が乗っているんだ。  それを考えて今後は自分の進退を決めろ。  お前の発言ひとつで誰かの人生が変わる。」  親父の声音は真剣で、真っすぐに響く。  今回の政略結婚だけのことじゃない。
/441ページ

最初のコメントを投稿しよう!

958人が本棚に入れています
本棚に追加