一輪の真紅の薔薇

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 節子さんにとって凛子はやっぱり特別。  おふくろが凛子の髪を結っているのを遠くから微笑ましくいつも見ていて。  凛子は時々おふくろに聞くんだ。 「ママ、忙しいでしょう。  今日は節子さんにお願いしてもいい?」  って。  おふくろはにっこりと微笑んで「そうね、そうしてもらって。」って答える。  節子さんが凛子の髪に触れるとき。  いつも瞳が揺れていて、愛しそうに触れる。  その時だけは凛子を愛娘に重ねていたかもしれない。  コンコンと扉をノックする音が響いた。 「どうぞ。」  扉が開くと節子さんがトレーに乗せたコーヒーを運んできた。  節子さんはいつもの場所にそのいい香りのコーヒーを置いた。  その香ばしい香りを堪能して「有難う。」を返した。 「煌人さん、旦那様から伝言です。」 「……伝言?」 「今日のお客様は轟悠子さんです。」 「……とどろきゆうこ?」  節子さんから聞かされた固有名詞。    とどろき……。 「え!?轟!!」  知事の名前が轟。  悠子は女性に違いない。  だから、それはつまり知事の娘だ。 「聖時の婚約者の?」 「そうです。」  俺はあからさまに肩の力を抜いた。 「なんだ……そうか……。」 「やっぱり知らなかったのですね?」 「ああ、今初めて聞いたよ。」  節子さんは小さく笑う。 「そうゆうことなので、落ち着いたら降りてくるようにと旦那様が。」 「そうか、わかったよ。  節子さん、有難う。」  節子さんの後姿を見送って、コーヒーにミルクを垂らす。  轟…悠子……。  本当なら……  俺の婚約者だった人。  だけど、今は  聖時の……婚約者だ。  節子さんのコーヒーを一口含んで俺はソファから立ち上がった。
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